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大宇陀
- 2017/08/06(Sun) -
2006年7月16日
コース:橿原~大宇陀~大願寺~大蔵寺~青蓮寺~宇太水分神社~仏隆寺

 昔の関西名刹めぐりの画像整理がまだ続きます。
 奈良盆地の東側は三重県境まで宇陀市内の穏やかな里山が広がります。そこには由緒や歴史を秘めた古社古刹が点在していまして訪ねました。大願寺や大蔵寺のある大宇陀からスタートして、タイトルにしました。宇陀市と観光協会の案内を編集します。

大願寺
 宇陀松山城主織田信武建立の毘沙門堂もさることながら、境内にある仏足石が希少といわれる大願寺。打ち水された仏足石は造形的にも美しく、思わず手で図案をなぞってみたくなる衝動に駆られる。当寺は真言宗御室派で本尊十一面観音菩薩像は神亀元年(724年)、徳道上人の作といわれ、創建は古く推古時代と伝えられている。

大蔵寺
 用明天皇(人皇31代目)の叡願による聖徳太子の開基とされ、のちに弘法大師が入山して真言宗の道場とした。平安時代に嵯峨天皇の臨幸があり、大蔵寺の勅額を賜い、勅願寺とした。中世18箇院の末寺を持ち、慶長6年には寺領550石を加えられた。近世になってやや衰えたが、山内六坊を有していた。
 本堂・御影堂は鎌倉時代の建築で、本尊の薬師如来立像は一木づくりの立木仏でそれぞれ国の重要文化財の指定を受けている。つつじや紅葉の名所でもあり、ホトトギスなどの野鳥の宝庫でもある。観光客は受け入れていない。

青蓮寺
 日張山の中腹にひっそりとたたずむ浄土宗の尼寺。建立以来1200年の間このままの姿ではなかったろうかと思われる周囲の景観。奈良朝の時代、右大臣藤原豊成公の娘中将姫にまつわる、哀れにもゆかしい物語を今日に伝え、父との不思議な再会から、この寺を別名「再会寺」と呼び、逢いたい人と夢叶う寺としても人々から親しまれている。

宇太水分神社
 国宝重要文化財。緑濃い木立の中に速秋津比古神、天水分神、国水分神の水分三座が祀られています。社伝では、崇神天皇の時代にはじまるといわれ、縁起では、大和国宇陀郡の水分大明神は天照大神の分神で、垂仁天皇の時代に神託によって社殿をかまえたと伝えている。
 本殿は、連棟社殿で中央と左右の三殿からなる一間社隅木入春日造り(国宝)水分連結造りの古型で、外部は朱塗り。蟇股など細部に鎌倉時代の特徴をみることができます。

仏隆寺
 嘉祥3(850)年、弘法大師(空海)の高弟堅恵によって創建され、本尊は十一面観音菩薩立像で聖徳太子の作と言われる。七堂伽藍の立派なお寺で、室生寺の南門、すなわち正面の門として極寺と末寺の関係にあり、室生寺の宿坊または住職の隠居寺として重要な役目があった。

大宇陀1 大宇陀2 大宇陀3 大宇陀4 大宇陀5 大宇陀6 大宇陀7 大宇陀8 大宇陀9 大宇陀10 大宇陀11 大宇陀12 大宇陀13 大宇陀14 大宇陀15 大宇陀16 大宇陀17 大宇陀18 大宇陀19 大宇陀20 大宇陀21 大宇陀22 大宇陀23 大宇陀24 大宇陀25 大宇陀26 大宇陀27 大宇陀28 大宇陀29 大宇陀30 大宇陀31 大宇陀32
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