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滝山城
- 2019/12/24(Tue) -
2019年11月30日
コース:八王子~滝山城

 続日本百名城、滝山城へ登城しました。多摩川と秋川の合流点右岸の丘陵にあります。
 戦国時代に北条氏の支城となってからは、北条氏照のもとでの大拡張により、当時は平山城としては東日本最大級の規模を誇りました。地形を巧みに利用した縄張りで、侵入した敵に対して、ことわざでいうところの「袋のねずみ」や「挟み撃ち」の仕掛けも造られました。武田信玄が2万の大軍で侵攻してきた際には、わずか2千の北条勢で守り抜いたといわれています。
 現在では公園として手厚く整備され、平らな尾根上の自然の中を気持ちよさそうに走るランナーも見かけました。本丸跡の霞神社は、ちょうど鮮やかな紅葉で、画像トップにしました。

 今年の更新はこれで最後になります。今年もご来訪やコメントをありがとうございました。みなさま良い年をお迎えください。

滝山城97

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三頭大滝
- 2019/12/21(Sat) -
2019年11月24日
コース:圏央道~檜原村~都民の森~三頭沢~三頭大滝~奥多摩周遊道路~麦山浮橋~奥多摩湖

 秋の三頭山へと向かいました。前日までの雨で、三頭大滝や三頭沢は前回よりも水量があって見ごたえがありました。ただコース途中から上は、紅葉はすっかり終わっていて、ガスが巻いて展望も期待できないため、山頂まで登らずに滝周辺でゆっくりしました。
 代わりに奥多摩周遊道路を奥多摩湖へと周りました。ドラム缶の浮力で湖を渡る橋を架けた麦山大橋は、奥多摩湖名物になっていて、大勢のお客さんでにぎわっていました。

三頭大滝87

三頭大滝1 三頭大滝2 三頭大滝3 三頭大滝4 三頭大滝5 三頭大滝6 三頭大滝7 三頭大滝8 三頭大滝9 三頭大滝10 三頭大滝11 三頭大滝12 三頭大滝13 三頭大滝14 三頭大滝15 三頭大滝16 三頭大滝17 三頭大滝18 三頭大滝19 三頭大滝20 三頭大滝21 三頭大滝22 三頭大滝23 三頭大滝24 三頭大滝25 三頭大滝26 三頭大滝27 三頭大滝28 三頭大滝29 三頭大滝30 三頭大滝31 三頭大滝32 三頭大滝33 三頭大滝34 三頭大滝35 三頭大滝36 三頭大滝37 三頭大滝38 三頭大滝39 三頭大滝40 三頭大滝41 三頭大滝42 三頭大滝43 三頭大滝44 三頭大滝45 三頭大滝46 三頭大滝47 三頭大滝48 三頭大滝49 三頭大滝50 三頭大滝51 三頭大滝52 三頭大滝53 三頭大滝54 三頭大滝55 三頭大滝56 三頭大滝57 三頭大滝58 三頭大滝59 三頭大滝60 三頭大滝61 三頭大滝62 三頭大滝63 三頭大滝64 三頭大滝65 三頭大滝66 三頭大滝67 三頭大滝68
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八ッ場ダム
- 2019/12/15(Sun) -
2019年11月20日~21日
コース:高崎~少林山達磨寺~榛名神社~榛名湖~八ッ場ダム~吾妻峡

 2019年10月は台風による河川の氾濫で東日本各地にたいへんな被害が起こりました。そんな中で利根川は、一大支流の吾妻川の水を完成近い八ッ場ダムがしっかりとせき止めて、利根本流の増水を緩和して、関東平野の水害を未然に防いだといわれています。という事もあってこの機会に、八ッ場ダムを表敬訪問してきました。ダム湖の湖畔から見ると、両側の樹々の様子から、工事中の堰堤ぎりぎりまで満水になったのが分かりました。
 スタートは高崎から。毎度おなじみの少林山達磨寺は、秋は紅葉の名所として多くの人でにぎわっていました。榛名山は榛名神社を参拝し、さらには榛名湖に登り、こちらは標高からして最後の紅葉になっていました。八ッ場ダム下流の吾妻峡。かつては昭和でも平成でも何度も通っていた渓谷沿いの国道は、今ではダムの手前で行き止まりとなって、令和とともに新しい時代を思いました。

八ッ場117

少林山達磨寺
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榛名神社~榛名湖
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八ッ場ダム~吾妻峡
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小幡陣屋楽山園
- 2019/12/09(Mon) -
2019年11月16日
コース:富岡~甘楽町~紅葉山公園~福厳寺~中小路~楽山園~麻場城

 紅葉山の季節に合わせて群馬県甘楽町の名所を訪ねました。山麓の福厳寺はお地蔵さまに後光がさしていました。甘楽町小幡は、江戸時代には織田信長の次男、信雄の城下町でした。小幡陣屋には織田宗家の格式もあって、大名庭園が築かれ、「仁者ハ山ヲ楽シム」という論語から、楽山園 と名づけられました。
 甘楽町には小幡の東に、白倉地域があります。この地の豪族、白倉氏が鎌倉時代から300年以上にわたり、室町期からは麻場城を居城としていました。戦国末期は北条氏に従っていたため、小田原征伐では、前田氏など名だたる北国軍に攻められて、ついには落城してしまいました。

楽山園121

紅葉山公園~福厳寺
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中小路~楽山園
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麻場城
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箕輪城
- 2019/12/06(Fri) -
2019年11月13日
コース:高崎~箕郷~下田邸~箕輪城~榛名湖

 国史跡にして日本百名城の箕輪城です。戦国末期に徳川家康が関東に入封した際に、井伊直政に箕輪城は与えられました。その後、井伊氏は高崎城に移りさらには彦根城に転封となりました。今年は彦根城に登城してきましたので、井伊氏の足跡を逆にたどっての箕輪城でした。
 箕輪城の歴史は、井伊氏以前の長野氏の時代にドラマがありました。一説には長野氏の本姓は在原氏で、在原業平が関東に下向したことが始まりとも言われています。関東管領上杉氏家中で台頭し、戦国期には、長野業正は北条氏に追われた上杉氏の後の西上州をよく守っていました。その後、信州側から侵攻した武田信玄を何度か撃退しましたが、業正の子、業盛の代になると武田側の大軍によりついには落城自害して、悲劇の城となりました。
 長野氏の重臣、下田氏の子孫が土着して、代官として居を構えた下田邸も訪ねました。登城の後は、榛名湖へ登り帰りました。

箕輪城101

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