2017 02 ≪  03月 12345678910111213141516171819202122232425262728293031  ≫ 2017 03
勝尾寺
- 2017/03/22(Wed) -
2009年11月23日
コース:大阪~箕面~勝尾寺~箕面滝~瀧安寺~西江寺~京都へ

 大阪府南部の旧国名では河内の国を後にして、今回は北部の摂津の国からおくります。紅葉がすばらしい箕面川沿いを、西国三十三観音の勝尾寺や、日本の滝百選の箕面滝などを訪ねました。

 写真はありませんが、この箕面行きでもっとも感動したのは、初めての阪急梅田駅構内ホームと阪急電車でした。改札を通ると、始発の路線が横に何列もあって、同色の列車が何台も並んでいました。こういう風景は首都圏のターミナルでは見かけなくて、外国映画に出てくるヨーロッパの駅を連想しました。
 停車中の阪急電車はいずれもシックなあずき色一色に統一されていて、日ごろ見かける鮮やかな2色以上使った関東周辺の車両とは違い、歴史と伝統を感じさせる色合いです。昔々の東武電車に似たようなこげ茶一色があったのを思い出しました。
 さらにはその並んだ列車が、0時0分ちょうどに3台が一斉に出発したのです。これも見かけない光景で、驚きました。アメフトのショットガンフォーメーションのようでした。

勝尾寺
 775年、光仁天皇の子開成皇子は大般若経の書写を完成し、この地に堂を建てて経を納め、この寺を「弥勒寺」と命名した。
 その後、行巡上人の代に、清和天皇の病気治癒の祈祷を行い、天皇の病が癒えたことから、寺の法力が王に勝ったということで、天皇が「弥勒寺」を「勝王寺」に改名したという。しかし、寺側はあまりにも畏れ多いとして、「王」を「尾」に変え「勝尾寺」としたと伝えられている。
 以来、源氏、足利氏など諸将軍が勝運を祈願したところから、勝運信仰の寺として名をとどめることになった。西国三十三観音第23番。

勝尾寺1 勝尾寺2 勝尾寺3 勝尾寺4 勝尾寺5 勝尾寺6 勝尾寺7 勝尾寺8 勝尾寺9 勝尾寺10 勝尾寺11 勝尾寺12 勝尾寺13 勝尾寺14 勝尾寺15 勝尾寺16 勝尾寺17 勝尾寺18 勝尾寺19 勝尾寺20 勝尾寺21 勝尾寺22 勝尾寺23 勝尾寺24 勝尾寺25 勝尾寺26 勝尾寺27 勝尾寺28 勝尾寺29 勝尾寺30 勝尾寺31 勝尾寺32 勝尾寺33 勝尾寺34 勝尾寺35 勝尾寺36 勝尾寺37 勝尾寺38 勝尾寺39 勝尾寺40 勝尾寺41 勝尾寺42 勝尾寺43 勝尾寺44 勝尾寺45 勝尾寺46 勝尾寺47 勝尾寺48 勝尾寺49 勝尾寺50 勝尾寺51 勝尾寺52
勝尾寺53 勝尾寺54 勝尾寺55 勝尾寺56 勝尾寺57 勝尾寺58 勝尾寺59 勝尾寺60 勝尾寺61 勝尾寺62 勝尾寺63 勝尾寺64 勝尾寺65 勝尾寺66 勝尾寺67 勝尾寺68 勝尾寺69 勝尾寺70 勝尾寺71 勝尾寺72 勝尾寺73 勝尾寺74 勝尾寺75 勝尾寺76

瀧安寺
 658年、役行者により開かれる。役行者は箕面の滝で修行中に、龍樹菩薩より法を授けられ、滝の下で不動明王と弁財天の像を刻んで堂宇に安置し、「箕面寺」と命名したのが始まり。本尊の弁財天は竹生島、江ノ島、厳島と並ぶ日本四ヶ所弁財天の1つ。
 弁財天を祀っている所から、芸能の寺としても知られ、近松門左衛門ら上方歌舞伎関係者が大般若経を奉納している。また、宝くじの発祥である富くじを、天正年間に日本で初めて始めた寺院でもある。

西江寺
 658年、役行者によって開かれた。ある日、光の中から老翁に化身した大聖歓喜天が現れ、役行者はこの箕面山を日本最初の歓喜天霊場としたという。本堂には役行者作と伝承する大聖歓喜天像と、室町時代作と伝えられる大黒天も祀られている。
 かつては、摂津国神宮寺と称したが、明治時代末期に聖天宮西江寺と改称した。「みのおの聖天さん」と呼ばれ親しまれている。

勝尾寺77 勝尾寺78 勝尾寺79 勝尾寺80 勝尾寺81 勝尾寺82 勝尾寺83 勝尾寺84 勝尾寺85 勝尾寺86 勝尾寺87 勝尾寺88 勝尾寺89 勝尾寺90 勝尾寺91 勝尾寺92 勝尾寺93 勝尾寺94 勝尾寺95 勝尾寺96 勝尾寺97 勝尾寺98 勝尾寺99 勝尾寺100 勝尾寺101 勝尾寺102 勝尾寺103 勝尾寺104
勝尾寺105 勝尾寺106 勝尾寺107 勝尾寺108 勝尾寺109 勝尾寺110 勝尾寺111 勝尾寺112 勝尾寺113 勝尾寺114 勝尾寺115 勝尾寺116 勝尾寺117 勝尾寺118 勝尾寺119 勝尾寺120 勝尾寺121 勝尾寺122 勝尾寺123 勝尾寺124 勝尾寺125 勝尾寺126 勝尾寺127 勝尾寺128 勝尾寺129 勝尾寺130 勝尾寺131 勝尾寺132 勝尾寺133 勝尾寺134
この記事のURL | 大阪の旅 | CM(4) | ▲ top
観心寺
- 2017/03/16(Thu) -
2009年11月21日~22日
コース:大阪~河内~金剛寺~施福寺~延命寺~観心寺~楠妣庵~弘川寺

 フィルムを整理して、京都、滋賀、和歌山、奈良と関西各府県を編集してきました。それならばとデジカメからですが、大阪府の寺々もまとめます。京都奈良と隣接していて、立派な伽藍ぞろいでした。はじめに大阪府南部の河内地方を歩きました。西国三十三観音や楠木正成ゆかりの名刹などを巡りました。

金剛寺
 真言宗御室派の大本山。山号は天野山。聖武天皇の勅願により行基が開基。空海も修行をしたと伝わる。後白河法皇の妹、八条女院が弘法大師像を安置し、女性が仏縁を結ぶ霊場として「女人高野」と呼ばれる。
 南北朝時代には南朝方の勅願寺とされ後村上天皇の行在所となった。時期により北朝方の行在所ともなった。吉川英治著「宮本武蔵」に天野村にあるお寺として登場。かつて坊舎では地酒「天野酒」を醸造し、豊臣秀吉も賞味したという。

観心寺1 観心寺2 観心寺3 観心寺4 観心寺5 観心寺6 観心寺7 観心寺8 観心寺9 観心寺10 観心寺11 観心寺12 観心寺13 観心寺14 観心寺15 観心寺16 観心寺17 観心寺18 観心寺19 観心寺20 観心寺21 観心寺22 観心寺23 観心寺24 観心寺25 観心寺26 観心寺27 観心寺28 観心寺29 観心寺30 観心寺31 観心寺32
観心寺33 観心寺34 観心寺35 観心寺36 観心寺37 観心寺38 観心寺39 観心寺40 観心寺41 観心寺42 観心寺43 観心寺44

施福寺
 山号は槇尾山。槇尾寺とも呼ばれる。550年頃欽明天皇の時代に開創。役行者が法華経の巻々を葛城山の各所に埋納し、最後に埋めたのがこの山のため巻尾山(槇尾山)と名づけられたとする地名伝承がある。その後行基がここで修行し、空海も剃髪得度したと伝わる。
 西国霊場を再興した花山法皇が、粉河寺から施福寺に向かったとき、道に迷って困っていると、馬が現れ花山法皇を道案内したという伝説があり、境内に観音馬像がある。西国三十三観音第4番。

観心寺45 観心寺46 観心寺47 観心寺48 観心寺49 観心寺50 観心寺51 観心寺52 観心寺53 観心寺54 観心寺55 観心寺56
観心寺57 観心寺58 観心寺59 観心寺60 観心寺61 観心寺62

延命寺
 弘仁年間(810年~824年)に、弘法大師が地蔵菩薩を刻んで安置したのが起源と伝えられる。延命寺周辺は昔、 鬼住村と呼ばれる鬼伝説があり、勇敢な男が弓矢を武器に鬼を退治したという。その後、延命寺として中興した浄厳はこの勇敢な男の子孫だといわれる。樹齢1000年の「夕照もみじ」は大阪府天然記念物に指定。

観心寺63 観心寺64 観心寺65 観心寺66 観心寺67 観心寺68 観心寺69 観心寺70 観心寺71 観心寺72 観心寺73 観心寺74 観心寺75 観心寺76 観心寺77 観心寺78
観心寺79 観心寺80 観心寺81 観心寺82 観心寺83 観心寺84

観心寺
 701年、役行者によって開かれ、後に弘法大師空海が真言宗の道場とした。以後観心寺は高野山と奈良・京都の中継地として発展。本尊如意輪観音菩薩は平安時代密教美術最高の仏像といわれる国宝の秘仏。金堂も大阪府下最古の国宝建造物。境内には道興大師の墓、楠木正成の墓、後村上天皇の御陵などがある。関西花の寺第25番。

観心寺85 観心寺86 観心寺87 観心寺88 観心寺89 観心寺90 観心寺91 観心寺92 観心寺93 観心寺94 観心寺95 観心寺96 観心寺97 観心寺98 観心寺99 観心寺100 観心寺101 観心寺102 観心寺103 観心寺104 観心寺105 観心寺106 観心寺107 観心寺108 観心寺109 観心寺110 観心寺111 観心寺112 観心寺113 観心寺114 観心寺115 観心寺116 観心寺117 観心寺118 観心寺119 観心寺120 観心寺121 観心寺122 観心寺123 観心寺124 観心寺125 観心寺126 観心寺127 観心寺128 観心寺129 観心寺130 観心寺131 観心寺132 観心寺133 観心寺134 観心寺135 観心寺136 観心寺137 観心寺138 観心寺139 観心寺140
観心寺141 観心寺142 観心寺143 観心寺144 観心寺145 観心寺146 観心寺147 観心寺148 観心寺149 観心寺150 観心寺151 観心寺152 観心寺153 観心寺154 観心寺155 観心寺156 観心寺157 観心寺158

楠妣庵
 楠妣庵観音寺。楠木正成の嫡男、楠木正行が後醍醐天皇を悼み、峰篠山の一角に一殿を建て、天皇の念持仏であった千手観音を奉安した峰篠山観音殿に始まる。
 正成の妻で正行の母である久子は、夫と息子の戦死後に出家して「敗鏡尼」と名乗り、観音殿と同じ地に楠妣庵と称された草庵を結び隠棲して菩提を弔った。正行の弟正儀が敗鏡尼の没後に「観音寺」と改めて、一族の菩提寺とした。

弘川寺
 665年、役行者によって開かれた葛城6坊の1つ。その後677年に、天武天皇の請雨祈願をはたしたことから勅願寺となった。737年には行基が当寺で修行し、812年には嵯峨天皇の命を受けた弘法大師空海が中興した。
 1188年に当寺の座主空寂上人は、後鳥羽天皇の病回復祈願の功によって、奥の院「善成寺」を建て、寺号の勅額を賜わっている。翌1189年西行法師が空寂上人の法徳を慕って来住し、翌年、この寺で亡くなっている。

観心寺159 観心寺160 観心寺161 観心寺162 観心寺163 観心寺164 観心寺165 観心寺166 観心寺167 観心寺168 観心寺169 観心寺170 観心寺171 観心寺172 観心寺173 観心寺174 観心寺175 観心寺176 観心寺177 観心寺178 観心寺179 観心寺180 観心寺181 観心寺182
観心寺183 観心寺184 観心寺185 観心寺186 観心寺187 観心寺188
この記事のURL | 大阪の旅 | CM(4) | ▲ top
吉野山
- 2017/03/10(Fri) -
2003年10月31日~11月3日
コース:奈良~斑鳩~吉野山~初瀬~多武峰~室生

 夏の高野山に続いては、秋の吉野山を訪ねました。せっかくなので奈良県内の名社名刹も何カ所か参拝してきました。今、振り返ると、この時は、「法隆寺地域の仏教建造物」、「古都奈良の文化財」、「紀伊山地の霊場と参詣道」の世界遺産の3カ所を巡る旅にもなりました。
 タイトルにした吉野山は日本の歴史が凝縮しています。吉野町公式サイトを編集しました。

 花の吉野は、豊かな歴史や伝承で彩られています。古代においては何と言っても、大海人皇子(後の天武天皇)が吉野に潜行され壬申の乱で兵を挙げられたことは有名です。時代が下ると源義経が兄頼朝の追捕を逃れて、愛妾静や弁慶などを伴って吉野に入りました。しばしの安らぎも束の間、吉野から逃れる際に別れざるを得なかった義経・静の悲恋の物語が残っています。
 さらに時代が下ると大塔宮護良親王が鎌倉幕府倒幕のために、河内の楠木正成と呼応して吉野を城塞化され、兵を挙げられます。また、建武の新政の夢破れられた後醍醐天皇が、吉野に朝廷を開かれたことは太平記に詳しく記されています。南朝四帝が吉野の地を頼みとされ、京都奪回のためにこの地から全国に号令を発せられたのです。この願いは遂に実現しませんでしたが、忠僧宗信法印をはじめ当時の吉野の人々は、我が身を顧みず終始、南朝のために尽くしたのです。
 このように吉野は中央で居所を失った人々、所謂アウトサイダー達が再起を図る場所といっても良いでしょう。その都度、吉野は戦場と化し、多くの命が失われ、悲しい別れが幾度と無く繰り返されたのです。後に、太閤秀吉が5000人の家来を引き連れて大花見を行ったという記録もありますが、吉野は、そのような晴れがましい歴史より、哀しい歴史に思いを馳せたくなるような土地柄なのです。

10月31日~11月1日 法隆寺~薬師寺~平城京~西行庵~竹林院~如意輪寺~金峯山寺

吉野山1 吉野山2 吉野山3 吉野山4 吉野山5 吉野山6 吉野山7 吉野山8 吉野山9 吉野山10 吉野山11 吉野山12 吉野山13 吉野山14 吉野山15 吉野山16 吉野山17 吉野山18 吉野山19 吉野山20 吉野山21 吉野山22 吉野山23 吉野山24 吉野山25 吉野山26 吉野山27 吉野山28 吉野山29 吉野山30 吉野山31 吉野山32 吉野山33 吉野山34 吉野山35 吉野山36 吉野山37 吉野山38 吉野山39 吉野山40
吉野山41 吉野山42 吉野山43 吉野山44 吉野山45 吉野山46 吉野山47 吉野山48 吉野山49 吉野山50 吉野山51 吉野山52 吉野山53 吉野山54 吉野山55 吉野山56 吉野山57 吉野山58

11月2日~3日 長谷寺~談山神社~長岳寺~室生寺

吉野山59 吉野山60 吉野山61 吉野山62 吉野山63 吉野山64 吉野山65 吉野山66 吉野山67 吉野山68 吉野山69 吉野山70 吉野山71 吉野山72 吉野山73 吉野山74 吉野山75 吉野山76 吉野山77 吉野山78 吉野山79 吉野山80 吉野山81 吉野山82 吉野山83 吉野山84 吉野山85 吉野山86 吉野山87 吉野山88 吉野山89 吉野山90 吉野山91 吉野山92 吉野山93 吉野山94 吉野山95 吉野山96 吉野山97 吉野山98 吉野山99 吉野山100 吉野山101 吉野山102 吉野山103 吉野山104 吉野山105 吉野山106 吉野山107 吉野山108 吉野山109 吉野山110 吉野山111 吉野山112 吉野山113 吉野山114 吉野山115 吉野山116 吉野山117 吉野山118 吉野山119 吉野山120
この記事のURL | 奈良の山 | CM(4) | ▲ top
高野山
- 2017/03/07(Tue) -
2003年8月8日~10日
コース:大阪~極楽橋~女人堂~金剛峯寺~壇上伽藍~大門~奥の院~塔頭めぐり

 いつかは参拝をと思っていた高野山へこの時ようやく訪ねられました。山上に大伽藍群が広がります。大門から奥の院までひととおり歩きましたが、2日間は雨と濃霧でほとんどカメラを出せませんでした。サムネイルで高野山らしいのは根本大塔くらいで、ほかは雨が上がった残りの時間に歩いた塔頭になります。
 四国八十八カ所を遍路してその結願のために高野山を参拝に来た御仁と宿坊で泊まり合わせました。一晩たっぷりと四国の話をうかがって、その後の四国行のきっかけとなりました。
 大阪から南海電車で往復しました。この時の高野山行きで一番印象に残っているのが、九度山から先、極楽橋までの車窓でした。狭い谷沿いで垂直の絶壁の中腹を最徐行で列車は進みます。いかに参拝者が多いとはいえ、よくこんな所に軌道を敷設したことに感心しました。開設関係者の努力と苦労を想像しました。

高野山と弘法大師
 標高約900m、蓮華のように八葉の峰々に囲まれた山上盆地に広がる高野山は、弘法大師・空海が開いた日本を代表する真言密教の聖地です。
 弘法大師は、密教の道場を開くのにふさわしい地として、都の喧噪から遠く離れた紀伊山地の雄大な自然に抱かれた場所を選びました。国、社会の安泰を祈り、人々のために活躍できる人材も育てたいという思いで活動します。
 そして、世の中の迷える人や苦しむ人を救うため永遠に祈り、深い瞑想に入りました。こうして弘法大師は奥之院に生き続け、世の中の平和と人々の幸福を願っているという大師信仰が生まれました。
 現在も高野山は、僧侶たちが修行を続ける学びの場であるとともに、多くの人々の信仰を集め、親しまれています。
(和歌山県観光情報より)

高野山1 高野山2 高野山3 高野山4 高野山5 高野山6 高野山7 高野山8 高野山9 高野山10 高野山11 高野山12 高野山13 高野山14 高野山15 高野山16 高野山17 高野山18 高野山19 高野山20 高野山21 高野山22 高野山23 高野山24 高野山25 高野山26 高野山27 高野山28 高野山29 高野山30 高野山31 高野山32 高野山33 高野山34 高野山35 高野山36 高野山37 高野山38 高野山39 高野山40
高野山41 高野山42 高野山43 高野山44 高野山45 高野山46 高野山47 高野山48 高野山49 高野山50 高野山51 高野山52
この記事のURL | 和歌山の旅 | CM(0) | ▲ top
木曽路
- 2017/03/04(Sat) -
2003年7月18日~19日
コース:木曽路~妻籠~男滝・女滝~馬籠~木曽福島~興禅寺~須原~定勝寺~奈良井

 塩田平に続いては、木曽路です。中山道沿いの宿場町と名刹を訪ねました。馬籠の郵便屋さんは往時の姿で配達をしていて、観光に一役買っていました。木曽福島の興禅寺、枯山水の石庭「看雲庭」は日本一の広さです。
 定勝寺は木曽三大寺のひとつで、木曽の最古刹。本堂・庫裏・山門が桃山建造物として国の重要文化財に指定されています。枯山水の鶴亀蓬莱庭園が広がります。
 奈良井宿に架かる 木曽の大橋 は、美しい総檜造りの太鼓橋で、橋脚を持たない橋としては日本有数の大きさです。
 長野県公式サイトによる概要です。

 中央アルプスと御嶽山系に挟まれた木曽地域。島崎藤村の小説『夜明け前』の冒頭、「木曽路はすべて山の中である」というくだりはあまりにも有名ですが、その言葉通りに、木曽川、奈良井川のわずかな流域を除いて山に囲まれ、ヒノキをはじめとした美しい森林に覆われています。
 この地域には、妻籠宿など、かつての中山道の宿場が、昔の姿をとどめた文化遺産として保存され、多くの観光客を集めています。また、古くから信仰を集める御嶽山、寝覚ノ床、木曽馬の産地だった開田高原なども観光地として有名です。
 産業としては、豊かな森林資源を生かした林業が古くから盛んでした。また、木曽漆器をはじめとする数々の伝統的な木工芸も今に伝えられています。

木曽路1 木曽路2 木曽路3 木曽路4 木曽路5 木曽路6 木曽路7 木曽路8 木曽路9 木曽路10 木曽路11 木曽路12 木曽路13 木曽路14 木曽路15 木曽路16 木曽路17 木曽路18 木曽路19 木曽路20 木曽路21 木曽路22 木曽路23 木曽路24 木曽路25 木曽路26 木曽路27 木曽路28 木曽路29 木曽路30 木曽路31 木曽路32 木曽路33 木曽路34 木曽路35 木曽路36 木曽路37 木曽路38 木曽路39 木曽路40 木曽路41 木曽路42 木曽路43 木曽路44 木曽路45 木曽路46 木曽路47 木曽路48 木曽路49 木曽路50 木曽路51 木曽路52 木曽路53 木曽路54 木曽路55 木曽路56 木曽路57 木曽路58 木曽路59 木曽路60 木曽路61 木曽路62 木曽路63 木曽路64 木曽路65 木曽路66 木曽路67 木曽路68 木曽路69 木曽路70 木曽路71 木曽路72 木曽路73 木曽路74 木曽路75 木曽路76 木曽路77 木曽路78 木曽路79 木曽路80 木曽路81 木曽路82 木曽路83 木曽路84 木曽路85 木曽路86 木曽路87 木曽路88
木曽路89 木曽路90 木曽路91 木曽路92 木曽路93 木曽路94 木曽路95 木曽路96 木曽路97 木曽路98 木曽路99 木曽路100
この記事のURL | 長野の山 | CM(4) | ▲ top
塩田平
- 2017/03/01(Wed) -
2003年5月24日~25日
コース:上田~芳泉寺~前山寺~龍光院~中禅寺~大法寺~常楽寺~安楽寺

 3月に入りましたが、昔のフィルム整理がひと区切りになるまで続けます。信州を2回シリーズでおくります。上田の千曲川左岸に広がる 塩田平 は、信州の鎌倉とも呼ばれ、国宝、重文の宝庫です。
前山寺は、弘法大師が開き、「未完成の完成塔」といわれる重文の三重塔があります。
中禅寺薬師堂は、中部地方最古の木造建築物で、本尊とともに重文に指定されています。
大法寺三重塔は、塔の美しさから「見返りの塔」とも呼ばれている国宝です。
安楽寺は、信州最古の禅寺で、日本唯一の八角三重塔は中国宋時代の禅宗様で建てられている国宝です。

上田市公式サイトの案内です。
信州の鎌倉
 上田市の西南に広がる塩田平一帯は、鎌倉幕府の重職であった北条義政からその孫まで、三代に渡り約六十年、塩田北条氏が信濃の一大勢力としてこの地方を統治したことから「信州の鎌倉」と呼ばれており、鎌倉時代から室町時代にかけて造られた神社仏閣など、数多くの文化財が残っています。そのため、塩田平は、美しい日本の歴史的風土準100選に選定されています。

塩田平1 塩田平2 塩田平3 塩田平4 塩田平5 塩田平6 塩田平7 塩田平8 塩田平9 塩田平10 塩田平11 塩田平12 塩田平13 塩田平14 塩田平15 塩田平16 塩田平17 塩田平18 塩田平19 塩田平20 塩田平21 塩田平22 塩田平23 塩田平24 塩田平25 塩田平26 塩田平27 塩田平28 塩田平29 塩田平30 塩田平31 塩田平32 塩田平33 塩田平34 塩田平35 塩田平36 塩田平37 塩田平38 塩田平39 塩田平40 塩田平41 塩田平42 塩田平43 塩田平44 塩田平45 塩田平46 塩田平47 塩田平48
塩田平49 塩田平50 塩田平51 塩田平52 塩田平53 塩田平54 塩田平55 塩田平56 塩田平57 塩田平58 塩田平59 塩田平60 塩田平61 塩田平62 塩田平63 塩田平64 塩田平65 塩田平66
この記事のURL | 長野の山 | CM(4) | ▲ top
| メイン |