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燧ケ岳
- 2016/10/30(Sun) -
2016年9月30日~10月1日
コース:大清水~三平峠~長蔵小屋~尾瀬沼~沼尻~ナデッ窪~燧ケ岳俎嵓往復~長蔵小屋泊

 燧ケ岳を日帰りするのは、ふさじろうの脚力ではおおごとなので、長蔵小屋に1泊の予定で計画しました。小屋で、長英新道はどろどろと聞いて、ならばとナデッ窪コースで向かいます。この日は小屋泊まりの安心感でスタートが遅くて、さらに尾瀬沼周遊の人に交じって撮影していました。
 ナデッ窪自体は、ルートファインディングしながら大きな石をひたすら上に登ります。木道が整備されて、平らなイメージのある尾瀬の中では難コースという解説もありましたが、アップダウンしたり、道に迷うこともありません。ほかの山ならこのくらいはあるので、ふさじろうは嫌なコースではありません。ただし、晴れていて石が乾いていればのことで、雨天や降雨直後はコース自体が滝になりそうですので、避けた方がよいでしょう。
 道中ゆっくりしていて、山頂間近ですれちがった人を最後に、燧ケ岳周辺には誰もいなくなりました。まだ2時半くらいでしたが、太陽も夕日らしくなってきたので、最高地点の柴安嵓はまたの機会にして、三角点の俎嵓で下ります。
 長蔵小屋は、沼山峠を利用して憧れの尾瀬に初めて来た人から、燧、至仏と百名山を一度に登ってしまおうと遠路やってきた人もいて、楽しい語らいで一晩を過ごせました。

 燧ヶ岳(ひうちがたけ)は福島県にある火山。至仏山ととも尾瀬を代表する山でもある。東北地方最高峰(2,356m)であり日本百名山に選定されている。
 火口付近には柴安嵓(しばやすぐら、2,356m)、俎嵓(まないたぐら、2,346m)、ミノブチ岳、赤ナグレ岳、御池岳の5つのピークがある。尾瀬ヶ原からは左から柴安嵓、御池岳、赤ナグレ岳が見え、尾瀬沼からは左から柴安嵓、俎嵓の2つのピークが目立つ。
 登山道が通じているのは柴安嵓、俎嵓、ミノブチ岳の3つであり、この順番に登山道で結ばれている。俎嵓には二等三角点「燧岳」がある。燧ヶ岳は、2,300m以上の山として日本で最も北に位置する。日本国内では、燧ヶ岳より北にそれより高い地点はない。
 2010年現在、4方向から4本の登山道がある。燧ヶ岳には山小屋はもちろん、売店や自動販売機なども一切無いため、食料や水を十分に確保した上で早朝出発、早期下山することが必須である。森林に覆われているため頂上に近づくまで眺望はほとんど無い。特別な装備や技術は不要であるが、雪解けの時期や雨天、雨後はぬかるみが酷い。靴が水や泥に浸かってもいいように登山用のスパッツを装備するとよい。
沼尻休憩所から(ナデッ窪)
 南から上り、ミノブチ岳で長英新道と合流、俎嵓に至るルート。最短ではあるが急峻で道が荒れていることからしばしば閉鎖となる。上級者を除いて通常は使われない。滑りやすいことで知られ、事故を避けるため下りでの利用は避けた方がよい。
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燧ケ岳179

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横手山
- 2016/10/27(Thu) -
2016年9月25日
コース:横手山ドライブイン~山頂ヒュッテ~横手山往復

 志賀高原方面は、ほとんど毎年秋に訪れていました。今年はいつもスカイラインを通りながら、意外と盲点だった横手山を訪ねました。ドライブインからはスカイレーターやリフトも動いていて、観光客も上がれます。
 歩いても1時間足らずのため、リフトをくぐりながら登りました。リフトの観光客からは「あっ!歩いてる人がいるう~」と、言われながらのひと登りです。山頂ヒュッテの評判のパンもおいしくいただきました。

 横手山(よこてやま)は、標高2,307m。志賀高原を構成する山の一つであり、志賀高原の南東端に位置する。日本海と太平洋に水を分ける中央分水界上に位置する。
 山体は、南側と西側が急斜面をなし、北側と東側は比較的なだらかな傾斜を持つ非対称の形をしている。長野県側の志賀高原は観光地としての開発が進んでおり、群馬県側の草津温泉、万座温泉と国道292号で結ばれている。この国道は横手山の南に位置する渋峠で中央分水界を越えており、この地点が全国の国道の最高地点となっている。夏冬を問わず、手軽に登れる山となっている。
 横手山の山頂は比較的平らで広く、南東側の一番高い場所に2等三角点があり、その近傍に横手山神社がある。少し離れてレストラン、山小屋(横手山頂ヒュッテ)がある。横手山は志賀高原では第2位の高峰だが、山頂はもともと針葉樹に覆われ、しかも比較的平らであるため眺望は遮られがちであった。しかしスキー場ができ、展望台もできたので広い眺望を楽しめるようになった。
 山頂北端の横手山リフト駅の二階には展望台があり、北及び西側の眺望が利く。三角点のある個所からは南及び西側の眺望が利く。また、横手山スキー場の中央付近のゲレンデからは、北東方向の眺めがよい。こうした個所からは、天気が良い時は遠く富士山や北アルプス、佐渡島まで遠望することができる。
 横手山では、二つのスキー場のリフトが夏季も運行されている。また、車の通る国道292号線と、横手山スキー場リフトの中継点は、動く歩道(スカイレーター)で結ばれている。横手山の北側は開かれており眺めがよいためか、このスカイレーターは、天気の良い日は順番待ちするほどの人気を博している。
 また、横手山頂ヒュッテは「日本一高所にあるパン屋」を自称し、パン愛好家らが日本一高所のパンを求めにやってくるなど、注目を集めている。
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横手山67

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行道山
- 2016/10/21(Fri) -
2016年9月10日

コース:足利~足利学校~鑁阿寺~太平記館~渡良瀬橋へ

 足利、佐野地域の、以前から訪ねたかった名所を結んでドライブしました。足利学校は、日本史の教科書にも登場する、日本で最も古い学校で、日本遺産になっています。
 鑁阿寺は源姓足利氏2代目足利義兼が1196年に邸内に大日如来を祀ったのが始まりとされています。太平記館は、大河ドラマ太平記 を記念して建てられました。劇中で使われた鎧などが展示されています。

行道山101

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渡良瀬橋~八雲神社~織姫神社~行道山浄因寺~日本列島中心の地~犬伏の別れ

 「渡良瀬橋で見る夕日をあなたはとても好きだったわ・・・今でも八雲神社へお参りするとあなたのこと祈るわ・・・広い空と遠くの山々 二人で歩いた街 夕日がきれいな街」
 森高千里さんの名曲 渡良瀬橋 です。この歌の世界、夕日がきれいな街・足利 を、夕日まではいられないので、日の高いうちに歩いてみました。
 渡良瀬橋は西側に歩道が後付けされていて、橋の上から見る夕日はここからの眺めのようです。管理人が興味を持ったのは、橋本体の車道部分でした。歌の情緒とは少しちがう幾何学的なトラス橋で、最近は橋もすっきりとおしゃれに建設されているので、近代遺産として残してほしいような構造です。
 歌詞にも出てくる 八雲神社 を参拝して、織姫神社に登りました。渡良瀬橋などを広く眺められます。

 行道山浄因寺は、714年に行基上人が「我が道を行ずる霊地」として開創した由緒ある古刹です。室町時代に足利幕府により中興開山され、関東の高野山と仰がれました。
 栃木百名山にして、関東百名山、栃木県名勝第1号、ハイキングコースは日本の遊歩百選に選ばれるというすばらしい名所です。大伽藍を楽しみにして秋海棠咲く参道を登ると、今では猫が昼寝をするひなびた山寺でした。
 高野山というには広くて平らで経堂や多宝塔もある、真言宗鑁阿寺の方がふさわしいでしょうか。山道沿いに境内が伸びて、石仏も多い浄因寺は、女人高野 と言われている 室生寺 の方が近い気がします。行道山は石仏を参拝しながらひと登りです。

 何年か前に信州で、日本中央や日本中心を周りました。今回は以前から行ってみたかった佐野市の旧田沼町にある、「日本列島中心の地」を訪ねました。北海道北端、九州南端から等距離にあって、太平洋と日本海のまん中という地点です。
 中心の地碑が建つ、蓬山ログビレッジには、そば屋、テニスコート、お風呂なども整備されています。居合わせたお客さんが、日本の中心ということで、「世界の中心で愛を叫ぶ」にいろいろとなぞらえていました。曰く・・・
日本の中心でそばを食べる
日本の中心で風呂に入る
日本の中心でテニスをする・・・などなど。ちなみに管理人ふさじろうは、
日本の中心で地場産野菜を買う をしてきました。

 佐野市内で前から訪ねたかった地が、地理的には、日本列島中心の地 で、歴史的には、犬伏の別れの地 です。真田丸 放送直後で、大にぎわいでした。管理人一行も今回の足利、佐野ドライブはそれをきっかけで、出かけたのですが・・・。ボランティアのみなさまには、解説をしてもらいましてありがとうございました。

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名古屋城
- 2016/10/18(Tue) -
2016年9月3日
コース:名古屋~名古屋城~二之丸庭園

 御在所岳の帰りに名古屋城を訪ねました。日本の巨城は外国人観光客に大人気でした。本丸御殿にはきらびやかな襖絵が復元されていて、目の保養になりました。

名古屋城
 名古屋城(なごやじょう)は、日本100名城に選定されており、国の特別史跡に指定されている。織田信長誕生の城とされる今川氏・織田氏の那古野城(なごやじょう)の跡周辺に、徳川家康が九男義直のために天下普請によって築城したとされる。以降は徳川御三家の一つでもある尾張徳川家17代の居城として明治まで利用された。
 大阪城、熊本城とともに日本三名城に数えられ、伊勢音頭にも「伊勢は津でもつ、津は伊勢でもつ、尾張名古屋は城でもつ」と詠われている。大天守に上げられた金の鯱(金鯱(きんこ))は、城だけでなく名古屋の街の象徴にもなっている。
 大小天守と櫓、門、御殿などの一部は昭和戦前期まで残存していたが名古屋大空襲(1945年)によって大部分を焼失した。戦後に天守などが外観復元されている。現在城跡は名城公園として整備されている。
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名古屋城63

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御在所岳
- 2016/10/12(Wed) -
2016年9月2日
コース:四日市~湯の山温泉~ロープウェイ~山上公園~望湖台~長者池~御嶽神社~富士見岩~地蔵岩~おばれ岩~湯の山

 日本二百名山、御在所岳です。自然にできたものとはとても思えないような花崗岩の奇岩の山です。写真ではよく見ていて、いつかは実物をと思い、このたびようやく訪ねられました。時間の都合でロープウェイで登り、中登山道を下りました。地蔵岩、おばれ岩などどうしてこのような形になるのか不思議な岩がたくさんありました。

 菰野町役場公式サイトに御在所岳の山名由来などが解説されていましたので一部引用します。

 朝夕、眺め仰ぎみる御在所山は、南に鎌ヶ岳、北に国見岳を従え、実に堂々たる山容です。この名は明治24年(1891)国の陸地測量部が「二万分の一」に測図して地図を発行しました。これが今の国土地理院の地図の前身にあたる最初の地図で、山脈の主峰は「山」を使うとのことから、「御在所山」と表示されました。普段は「御在所岳」とよく呼ばれ、標高は1,212メートル程です。
 御在所山の名の由来は「神や仏がいます所」の意で、菰野では、垂仁(すいにん)天皇の皇女倭姫命(やまとひめのみこと)が天照大神の神霊を奉じて、大和の笠縫(かさぬい)の宮から伊勢の五十鈴川のほとりへお遷(うつ)しするとき、その鎮座地を求めて伊賀、近江、美濃の国々を巡行されて、桑名の野代から亀山へ向かわれる途中、御在所山の上に、仮の屯宮(とんぐう)を設けられた故事から、その名がついたと伝えられています。
 昔からこの山は、麓の里人にあがめられ、日照りのときは山頂の「竜神池」(長者池)に祈願する雨乞信仰がありました。なお木曽の御岳にはじまる「山岳信仰」の修行場として、その先達の導きで「嶽(だけ)のぼり」をする信仰も盛んで、一の谷の上の表道(おもてみち)沿いに、御岳行者の記念碑が残されています。
 また御在所山と同名の山は全国に七つほどあります。
 この山の地史は、古生代に堆積した秩父古生層を、中世代に突き破って火山活動が起き、古瀬戸内海時代を経て東海湖の時代があり、新生代の第四期に激しい傾き、隆起、沈降の運動(傾動地塊運動)が起り、近江、伊勢側の断層にはさまれて隆起したものといわれています。御在所山の山頂が南北に広く平らなことは、隆起前の平原の様子をとどめています。
 また御在所山には、オバレ岩、大黒岩や藤内壁の絶壁などの奇岩怪石がありますが、これらは花崗岩で火山活動と隆起、傾斜のあとを、風化とともに語っています。

御在所岳111

御在所岳1 御在所岳2 御在所岳3 御在所岳4 御在所岳5 御在所岳6 御在所岳7 御在所岳8 御在所岳9 御在所岳10 御在所岳11 御在所岳12 御在所岳13 御在所岳14 御在所岳15 御在所岳16 御在所岳17 御在所岳18 御在所岳19 御在所岳20 御在所岳21 御在所岳22 御在所岳23 御在所岳24 御在所岳25 御在所岳26 御在所岳27 御在所岳28 御在所岳29 御在所岳30 御在所岳31 御在所岳32 御在所岳33 御在所岳34 御在所岳35 御在所岳36 御在所岳37 御在所岳38 御在所岳39 御在所岳40 御在所岳41 御在所岳42 御在所岳43 御在所岳44 御在所岳45 御在所岳46 御在所岳47 御在所岳48 御在所岳49 御在所岳50 御在所岳51 御在所岳52 御在所岳53 御在所岳54 御在所岳55 御在所岳56 御在所岳57 御在所岳58 御在所岳59 御在所岳60 御在所岳61 御在所岳62 御在所岳63 御在所岳64 御在所岳65 御在所岳66 御在所岳67 御在所岳68 御在所岳69 御在所岳70 御在所岳71 御在所岳72 御在所岳73 御在所岳74 御在所岳75 御在所岳76 御在所岳77 御在所岳78 御在所岳79 御在所岳80 御在所岳81 御在所岳82 御在所岳83 御在所岳84 御在所岳85 御在所岳86 御在所岳87 御在所岳88 御在所岳89 御在所岳90 御在所岳91 御在所岳92
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浜松城
- 2016/10/06(Thu) -
2016年9月1日
コース:浜松~浜松城~浜松城公園

 静岡県東方の 宝永山 に続いては、西方の 浜松城 です。この後も少し東海地方の城や山を訪ねます。
 浜松は駅も城も、来年の大河ドラマ「おんな城主 直虎」のPRが盛んでした。小高い浜松城からは市街地が眺められます。日本庭園では、まさか浜松で滝を撮れるとは思いませんでした。
 浜松だいすきネット を編集します。

浜松城
若き日の家康の野望とロマンが薫る徳川300年の歴史を刻む“出世城”
 浜松城は、徳川家康が遠州政略の拠点として築いた城で、1570年から17年間在城しました。歴代城主の多くが後に江戸幕府の重役に出世したことから"出世城"とも言われました。
 400年以上の風雪に耐えた"野面積み"の石垣も有名。 昭和33年に再建した天守閣内には、家康にまつわる歴史的資料や武具などを展示しています。4月の桜は浜松一です。

浜松城公園
浜松城を中心とした市民の憩いの場
 徳川家康の居城となった浜松城の城跡を公園としたもの。日本庭園、作左(さくざ)の森、せせらぎの森などが整備され、スポーツ施設も備わり、市民の憩いの場となっている。茶室松韻亭も公園にある。桜の名所。

浜松城61

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宝永山
- 2016/10/03(Mon) -
2016年8月24日
コース:御殿場~富士宮口五合目~六合目~宝永第一火口~馬の背~宝永山~大砂走り~大石茶屋~御殿場口新五合目

 8月下旬からようやく山歩きができるようになりました。
 東側から富士山が見える時は、肩のようになっている宝永山。この日は朝方は青空も見られましたがそれも五合目までで、歩き始めの上り坂からは天気は反対に下り坂で、ガスの中雨の中の登山になりました。
 六合目からは左へ富士山に向かう多くの人と分かれて、御中道を右に進みます。火口からはざらざらの急登で、一歩上ると半歩ずり下がるような所です。火口縁は溶けて固まった溶岩が不思議な形をしていました。
 宝永山は標高2693m。アルプス主脈の西穂独標(2701m)や、唐松岳(2696m)と同じくらいの標高です。ここからはしっかり雨で、大砂走りを一気に下ります。砂と灰の中間くらいの砂で、ソックスの目地にも入り込んでしまうので、スパッツは必携です。
 ようやく御殿場口に下りられました。道路でよく見かけるカラーコーンもここでは富士山でした。宝永山についてウィキペディアを編集しました。

宝永山
 宝永山(ほうえいざん)は宝永4年(1707年)の宝永大噴火で誕生した、富士山最大の側火山である。標高は2,693m。この宝永の大噴火以降は噴火していないため、この宝永山が富士山の最新の側火山になる。
 宝永火口は富士山の南東斜面にある火口で、宝永大噴火により形成された3つの火口が連なったもの。山頂側から第1火口、第2火口、第3火口と呼ばれ、第1火口が最も大きい。
 宝永山頂まで登山道が整備されており、富士宮口五合目からであれば富士山登頂に比べれば登頂は難しくないが、それでも登山であるから食料や防寒着を持つとともに、スニーカーよりもハイキングに適した軽登山靴が望ましい。
 宝永山頂まで行かなくても単に宝永火口を見るだけでも富士山の雄大さを実感することができる。宝永火口が見える地点へは、富士宮口五合目駐車場の東端から森林帯の登山道(宝永遊歩道)を利用すれば、距離が短く高低差も少ないため宝永第二火口まで約35分で着く。宝永第二火口と宝永第一火口の間は20分。宝永遊歩道の登山期間は通常、5月上旬ごろから11月中旬ごろまで。
 富士宮口五合目から六合目経由の場合は宝永第一火口まで登り35分、下り30分。宝永第一火口から宝永山頂までは登り50分、下り35分。

宝永山33

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