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永平寺
- 2016/09/28(Wed) -
2009年7月18日~20日

福井大仏~福井別院~運正寺~安養寺~西光寺~専照寺~瀧谷寺~大安寺~永平寺~白山神社~越前大仏

 加賀の国から越前に入りました。北陸地方は雪で湿潤なため、瀧谷寺、大安寺、永平寺、白山神社など、苔の美しいお寺が多いです。
 福井市内のお寺の由緒は、戦国時代の越前朝倉氏によるもの、江戸時代の福井藩主松平氏に係るもの、その間一時の柴田勝家とお市の方に関係するものなどあって、歴史を感じられます。
 曹洞宗大本山永平寺では、修行僧とあいさつを交わすと、単なる観光寺院ではないことを思います。木の素材そのままの彩色は少ない伽藍にあって、極彩色の四天王像が印象に残りました。
 越前大仏は参拝者も少なくて、現在は市の管理になっているようです。

福井大仏
 本坊は大同年間に最澄が開いたと伝えられる西山光照寺。元々は一乗谷にあり、戦国期に朝倉氏により石造の大仏が建立された。江戸期に寺、大仏とも現在地に移転。戦災の被害を受けたため、1958年に現在の金銅製の大仏が建立された。像高は約7mの聖観音菩薩坐像である。

福井別院
 寺名は本瑞寺。1601年に結城秀康が北の庄に入部する時に、本瑞寺に北の庄総坊をあわせて寺地を寄進し堂宇を建立し、東本願寺派の末寺総触頭になったと伝えられている。

運正寺
 江戸期福井藩の初代結城秀康の菩提所として1607年に建立された。結城秀康は、徳川家康の次男として生まれたが、和睦のため豊臣秀吉の養子に出された。秀康の名は秀吉と家康から一字を採ったものである。その後下総国結城城主・結城晴朝の元へ養子に出され、結城10万石を領有していた。

安養寺
 文明年間に朝倉家菩提所として一乗谷に創建された。朝倉家滅亡後は柴田勝家により現在地に移された。境内には樹齢四百数十年といわれる大銀杏があり、火災の際には水を吹いて寺を守ったといわれている。寺宝の「阿弥陀如来二十五菩薩来迎図」は国重文。

西光寺
 柴田勝家の菩提寺。秀吉に攻められ北の庄落城に際し、3人の姉妹の将来などを住職に託したと伝えられる。境内には勝家とお市の方の墓や、勝家の自筆の書や刀剣、北の庄城の鬼瓦などを展示する柴田勝家公資料館がある。

専照寺
 浄土真宗三門徒派の本山。山号は中野山。1290年如道が創建した専修寺に始まり、1724年中野村から現在地に移転した。御影堂は1838年に再建された。正面11間、側面9間の総欅造り。平成2年市指定文化財建造物に指定された。

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瀧谷寺
 1375年創建の真言宗智山派の古刹。三国町最古の寺院。中世には、戦国大名の朝倉氏や柴田勝家、福井藩主の松平家ら、歴代領主の祈願所として保護を受けた。幕末には勤王の志士がしばしば当寺を訪ねて国事を論じたという。庭園は福井県下最初の国指定名勝庭園。宝物殿には国宝や重文が収蔵、展示されている。

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大安寺
 この地にあった竜王山田谷寺の跡地に建立された。田谷寺は伝承によれば、奈良時代に「越の大徳」と言われた泰澄法師によって創建されたという。往時は坊舎が48坊あり、門前に市までなしていたが、織田信長の越前侵攻に伴い、全山が焼失した。
 80数年の後、1658年に松平光通によって大安寺が創建される。ほぼ全ての建造物が第二次大戦や福井地震の影響を受けることなく創建当時のまま残存し、5棟が国重文に指定された。

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永平寺
 總持寺とならぶ日本曹洞宗の大本山。道元禅師は信徒の1人であった越前国の土豪・波多野義重の請いにより、義重の領地のある越前国志比庄に向かう。1244年に傘松峰大佛寺を建立する。これが永平寺の開創であり、1246年に山号寺号を吉祥山永平寺と改めている。寺号の由来は中国に初めて仏法が伝来した元号「永平」からであり、意味は「永久の和平」である。

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白山神社
 白山神社は養老年間に、泰澄大師が創建した古社で平泉寺はその別当寺。室町時代には、黄金時代を迎えたが、その後一向一揆により壊滅。江戸時代にやや復興したが、明治時代の神仏分離により白山神社だけが残り現在に至る。御手洗の池の前は鳥居が建ち、平泉寺の名前の由来になっている霊地である。
 平泉寺の黄金時代、その衆徒は「強力」で知られていたが、その中でもひときわ悪名高かった僧が「東尋坊」だった。衆徒たちも彼には大いに手を焼き、寺侍の覚念に東尋坊の山からの追放を依頼した。覚念は東尋坊を三国見物に誘い、景色の良いところで酒盛りを始め、東尋坊が酔いつぶれたのを見計らって海中に突き落とした。その場所が「東尋坊」と呼ばれている。

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越前大仏
 寺名は清大寺。1987年の創建。大仏殿に安置された越前大仏は身の丈17mと、奈良東大寺の大仏を上回る。中国洛陽市の郊外にある龍門石窟の坐像をモデルに造られたもので、両側には羅漢像、菩薩像が鎮座する。また、北京市にある中国の国宝・九龍壁を模した九龍殿の装飾壁もある。大仏殿は東大寺大仏殿を上回る高さ日本一。五重塔は京都東寺を抜いて日本一。もちろん大仏も日本一。

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那谷寺
- 2016/09/22(Thu) -
 昔のお寺巡りシリーズをあと1回おくります。四国霊場を遍路した翌年、今から7年前の2009年に、曹洞宗大本山永平寺や、北陸三十三観音の3ヶ寺など、加賀・越前地方の名刹を歩きました。

2009年7月18日

大聖寺~実性院~全昌寺~薬王院~那谷寺へ

 はじめに、大聖寺から山代温泉、那谷寺をまわりました。あいにくの雨でした。

実性院
 大聖寺藩主前田家の菩提寺。実性院名は初代前田利治の院号。多くの萩が咲くことから萩の寺と呼ばれる。

全昌寺
 前田家以前に大聖寺を治めていた山口氏の菩提寺。奥の細道の途中、松尾芭蕉が泊まる。本堂にある羅漢堂には、釈迦三尊、五百羅漢など517体の仏像が安置され、市文化財に指定されている。

薬王院
 行基が薬師如来などを彫り堂を建てたのが創建。997年、花山法皇の勅願により、明覚上人が七堂迦藍を建立し、その後は勅願寺として栄えた。上人を供養した五輪塔は国重文。上人は五十音の創始者で、それまで平仮名は「い、ろ、は、に・・・」の並び順のところを「あ、い、う、え、お・・・」の、現代の五十音を創りあげたといわれている。

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那谷寺~福井へ

 那谷寺では遊仙境の岩壁に刻まれた石段を登りました。雨で滑りやすくて下の池まで落ちないように、登山の時以上に気をつけました。

那谷寺
 717年、泰澄法師が千手観音を安置したのが始まりとされる。平安時代、花山法皇が参詣した際に西国33ヶ所の霊場にまさるところとされ、第1番の那智山の「那」と33番の谷汲山の「谷」をとって那谷寺と名づけられた。松尾芭蕉も道中参詣し、遊仙境の岩肌を臨み句を詠んでいる。

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四国八十八ヶ所23番まで
- 2016/09/16(Fri) -
 発心の道場の後半は、徳島市内の名刹を参拝して、18番から23番へと紀伊水道沿いに南下します。

2008年5月2日~5日

興源寺~瑞巌寺~竹林院

 吉野川流域の霊場を回って、徳島へ戻りました。徳島市内の四国霊場以外の名刹を巡りました。
 興源寺は豊臣秀吉に仕えた蜂須賀小六正勝が有名な蜂須賀家の菩提寺です。山門には強烈な赤と青の金剛力士がおはします。これならば邪気も払えるでしょう。大きな墓石が並んでいて高野山を連想しました。
 瑞巌寺は眉山の麓で庭園もあり、山をバックにした京都や鎌倉の雅なお寺のようでした。

興源寺
 徳島藩蜂須賀家歴代藩主の菩提寺。境内には巨大な墓石があり、中でも第2代藩主忠英の墓石は高さ4.2mと全国でも有数のもの。

瑞巌寺
 三重塔や茶室もある池泉回遊式庭園は洗練された風情。キリスト教が禁止されていた時代にマリア像を刻んだ切支丹灯籠がある。

竹林院
 江戸中期に作られた借景様式の書院庭園がある。正面に見える十三層塔は、静御前の供養塔と伝えられている。

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丈六寺~18番・恩山寺~19番・立江寺

 丈六寺の伽藍は彩色されていなくて、木の素材そのままなのが歴史を感じます。法隆寺や正倉院に譬えられるとおり、こちらは奈良のお寺の雰囲気でした。
 ところで、四国遍路には、「お接待」があります。これは地元の人から食べ物などを提供してもらえる、お遍路さんにはたいへんありがたい行為です。霊場によっては、お接待の人が待ちかまえていて、お遍路さんに次々とお菓子の袋を渡している所もありました。
 徳島から牟岐線で18番から先へと向かいました。ここで思いがけずに列車内でお接待を受けました。キャラメル2つを、ありがたく合掌していただきました。気持ちがとてもうれしいですね。
 19番は牡丹やつつじが美しく咲いていました。

丈六寺
白鳳年間創建の古刹。多数の古文書、古美術品、仏像などがあり、阿波の正倉院とも法隆寺ともいわれている。聖観音坐像は立てば1丈6尺にもなり寺名の由来となった。山門は徳島県内最古の建物。本堂、観音堂、経蔵は重文。

18番・恩山寺
聖武天皇の勅願により開基された。弘法大師が滞在していたとき母が訪ねてきたが、当時は女人禁制なので、大師は女人解禁の秘法を修め、母を迎え入れて孝行したという。そして山号を母養山恩山寺と改めた。

19番・立江寺
聖武天皇の勅願により光明皇后の安産を祈願して建てられた。四国に4ヶ所ある関所寺のひとつで、よこしまな心を持ったり、心がけの悪い人は先へは進めなくなるといわれている。

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20番・鶴林寺~22番・平等寺~23番・薬王寺

 20番と21番は12番とともに、阿波の霊場三難所にもなっています。どちらも山上にあって、時間的には一ヶ所しか訪ねられません。仕方ないのでより標高が高くて、ロープウェイでないと登れない21番・太龍寺はまたの機会にして、20番から22番へ向かいました。
 23番まで南下すると山内からは海が見えて、境内の樹々も南国的でした。ここでは単独の女性お遍路さんに行き会ってあいさつを交わし、一緒に参拝しました。この後も24番へと遠路、室戸岬へと遍路を続けるそうです。彼女の道中の安全を祈って、今回はここまでの管理人は徳島に戻り、四国を後にしました。

 本州から仕事で、徳島に来ている人にこんな話しを聞きました。
 「四国はJRは電化されていないし、地元の人は本州より10年遅れているなんて言っているけど、なかなかどうして、本州ではもうなくなったような、昭和の時代のような古き良さがある。気候も温暖だし、全国から集まるお遍路さんへお接待の習慣もあるためか、ほかから来た人にも排他的ではないし、とっても住みやすい。」と。
 管理人も今回は4日間いただけでしたが、うなづくところも多い出会いがたくさんあって、またいつの日か24番から続けたい四国遍路でした。

20番・鶴林寺
 桓武天皇の勅願により開基された。弘法大師がこの地で修行していると、2羽の白鶴が地蔵菩薩を守護しながら舞いおりたと伝えられる。山容がインドの霊山、鷲峰山に似ているところから霊鷲山鶴林寺と名づけられた。

22番・平等寺
 弘法大師がこの地で修行中に、加持水を求めて杖で井戸を掘ると乳白色の水がわき出し、その霊水で身を清めた大師は薬師如来像を刻み、本尊として安置されたという。山号を白水山とし、寺号は誰をも平等に救済されるように平等寺と名づけられた。

23番・薬王寺
 聖武天皇の勅願により建立された。後に平城天皇の命により弘法大師が厄除けの祈願寺とした。今では四国一の厄除けの寺。本堂までは女厄坂、男厄坂を、さらに瑜祗塔まで還暦厄坂を登る。

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四国八十八ヶ所17番まで
- 2016/09/10(Sat) -
 秩父三十四観音から4年後の2008年には、四国八十八ヶ所 に出かけました。
 こちらはとても全霊場を巡る時間はなくて、まずは四国遍路の世界を垣間見ようと、発心したのが吉日 と、発心の道場 を遍路しました。
 信心深いお遍路さんは札所順にきちんと巡礼していますが、今回、管理人ふさじろうは、1ヶ所で1日かかるような山上の霊場は時間の都合でまたの機会にして、その代わりせっかく四国まで行ったので、無理なく参拝できる、八十八ヶ所以外の別格霊場や四国の名刹を巡ってきました。

2008年5月2日~5日

1番・霊山寺~2番・極楽寺~3番・金泉寺~4番・大日寺~5番・地蔵寺

 東京から高速夜行バスで徳島に向かいました。驚いたのは東京からすでに白装束の遍路姿でバスに乗り込んでくる人もいました。早くもお遍路さんに行き会いました。
 徳島は駅前やメインストリートにヤシの木が林立して、南国の雰囲気がいっぱいです。1番はお遍路さんであふれていました。遍路用品や八十八ヶ所全体の解説もあり、一日中いても飽きない所です。秩父と同じ看板の小僧さんに思いもよらず四国でも行き会えてなつかしかったです。
 1番から3番は吉野川北側をJR高徳線沿いに西へ向かいます。4番から10番へは徳島自動車道沿いを進みます。5番はグループで来ていたお遍路さんが周りの人を誘っての読経でしたので、唱和しました。

1番・霊山寺
 聖武天皇の勅願により開かれた。その後、弘法大師が修業した際に、「人々を救うため88ヶ所を開かんと願うならば、ここを第一番と定むべし」と天の声を聞き、天竺の霊山を日本に移すという意味をこめて竺和山霊山寺と号し、四国第一番の札所とした。

2番・極楽寺
 弘法大師がこの地で阿弥陀経を唱えて修行され、結願の日に阿弥陀如来を刻んだところ、後光は海辺にまで及び漁業に支障をあたえたので、光を遮るため本堂の前に小山を築いた。それからは大漁となり、日照山の山号で呼ばれるようになった。大師堂は「安産大師」として知られ、境内に大師お手植の長命杉がある。

3番・金泉寺
 弘法大師はこの地で水不足の声を聞き、井戸を掘ったところ、黄金の泉が湧き出たことから、金泉寺と名づけられた。この由緒ある井戸をのぞいて顔がうつれば長寿であると言い伝えがある。後に、源義経一行がここに立ち寄り、弁慶が持ち上げた「弁慶の力石」も残っている。

4番・大日寺
 弘法大師がこの地でしばらく修行したところ、大日如来を感得して本尊に刻んだところから、大日寺と名づけられた。本堂と大師堂とは西国三十三観音を安置した廻廊でつながっている。

5番・地蔵寺
 嵯峨天皇の勅願により弘法大師が開創。本尊の地蔵菩薩の胎内に弘法大師が刻んだ勝軍地蔵が納められている。かつては300余りの末寺をもった名刹。本堂裏手に羅漢堂があり、等身大の五百羅漢が安置されている。

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6番・安楽寺~7番・十楽寺~8番・熊谷寺~9番・法輪寺~10番・切幡寺

 6番は本堂が大改修中でした。8番は多宝塔が立派です。10番は石段の長い山上でした。
 ところで、お遍路さんの移動手段はいろいろあります。ツアー団体バス(一気に混むので同時に居合わせないほうがいいです)、クルマ、バイク、自転車、公共交通プラス徒歩、全部徒歩などさまざまです。
 その中で珍しかったのは当時流行っていた、キックボードでまわっている人がいました。「歩くより速くて楽で、疲れたら列車やバスにも持ち込める」そうです。

6番・安楽寺
 このあたりは温泉が湧き万病に効くといわれていた。訪れた弘法大師は人々を病苦から救うため、薬師如来を刻んでお堂を建て、温泉山安楽寺と名づけられた。

7番・十楽寺
 この地を訪れた弘法大師は阿弥陀如来を感得し、本尊として刻んで安置したのが寺のはじまり。人間が極楽浄土で十の光明に輝く楽しみを得られるようにと光明山十楽寺と名づけられた。

8番・熊谷寺
 弘法大師がこの地の閼伽ケ谷で修行しているとき、熊野権現があらわれ、観音菩薩を授けたのが始まりという。二層の山門は300年以上前に建造され、四国霊場の木造山門としては最大級。鮮やかな多宝塔は四国最古最大のもの。

9番・法輪寺
 弘法大師により創建された。本尊は八十八ヶ所唯一といわれる珍しい釈迦如来涅槃像。

10番・切幡寺
 弘法大師がこの地を訪れ、機織りの娘に布を分けてくれるよう頼んだところ、織っている布を途中から切り、大師に差し上げた。その後、娘を得度させ灌頂を授けると、娘はたちまち観音菩薩に化身したという。大師はこの地に堂宇を建立し切幡寺と名づけられた。

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11番・藤井寺~別格2番・童学寺~13番・大日寺~14番・常楽寺~15番・国分寺~16番・観音寺~17番・井戸寺

 11番から12番・焼山寺へは、八十八ヶ所一の難所ともいわれている 遍路ころがし が待ちかまえています。サムネイルにもあるように、「焼山寺へ・・・健脚5時間・・・」ですが、弱足8時間 の管理人は、そこから先に進めなくなりそうなので、12番の代わりに、別格2番へと向かいました。17番へと徳島市内に戻ったので、次回は徳島の名刹を参拝します。

11番・藤井寺
 弘法大師がこの地で修行した時に、境内に五色の藤の木をお手植えしたところから、藤井寺と名づけられた。本尊の薬師如来は四国霊場最古の仏像で重文。

別格2番・童学寺
 飛鳥時代に創建された四国最古の寺。弘法大師が子供時代に学問修行をしたことから寺号となった。四十七文字の「いろは歌」は大師がここで創作し、児童等にひろく教えたもの。学業成就に霊験あらたかである。

13番・大日寺
 弘法大師がこの地で護摩修法していると、大日如来に一宇を建立すべしと告げられて大日寺とした。阿波国の総鎮守である一宮神社の別当寺でもあった。

14番・常楽寺
 境内は流水岩の岩盤上にある。ここで修行中の弘法大師の前に弥勒菩薩が姿を現したので、本尊として開創した。弥勒菩薩の本尊は四国霊場唯一である。

15番・国分寺
 奈良時代に聖武天皇が全国に建立した国分寺のひとつ。その頃の阿波の国の政治・文化の中心でもあった。開かれた当時は法相宗だったが、弘法大師により真言宗となり、江戸時代に再建されてからは曹洞宗に改められた。

16番・観音寺
 奈良時代に聖武天皇の勅願道場として創建され、本尊の千手観音の脇侍に不動明王と毘沙門天が安置された。これはそれぞれの功徳・威力・寿福にあやかるものである。

17番・井戸寺
 飛鳥時代に天武天皇の勅願所として建立された古刹。本尊の七仏薬師如来は聖徳太子の作。弘法大師が杖をついて一夜のうちに井戸を掘ったところから井戸寺と呼ばれるようになった。境内の井戸をのぞいて自分の姿が映れば、その一年は無病息災と言われている。

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秩父三十四観音34番まで
- 2016/09/04(Sun) -
2004年8月8日~9日
31番・観音院~地蔵寺~32番・法性寺~33番・菊水寺~34番・水潜寺~秩父華厳の滝へ

 31番は日本一の石の仁王様が迎えてくれます。手前の地蔵寺は、14,000体以上と言われているお地蔵さまが辺りの山を埋め尽くして壮観です。
 今回の札所巡り中に、34番を百観音結願所と成すことに関わった方に出会いました。管理人が巡礼中と分かり、そのご苦労の一端を聞かせていただきました。秩父三十四観音も日本百観音も人間界のことですので、すべてが観音様の見えざる手によるお導きでスムーズに成されたわけではありませんでした。こうした先達方々のご努力により整備された霊場を巡礼、参拝できることに感謝して、三十四観音を結願しました。

札所31番・鷲窟山 観音院
 札所31番、観音院、高さ3m程の石の仁王様が納まる仁王門から296段の参道を登ると、岩壁を落ちる聖淨の滝がありその脇に本堂が建っています。石仏のお寺としても有名で、十万八千仏の石仏があると言われています。県内唯一の磨崖仏もここにあります。

札所32番・般若山 法性寺
 札所32番、法性寺、お船の観音様として親しまれており、石段を上がると岩の斜面に舞台造りの観音堂があります。さらにそこから30分ほど登ると岩船の最上部に大日如来像が安置されている奥の院で、有名な岩船からの眺望は見事です。笠をかぶり船をこいでいる珍しい「お船観音像」、県文化財の長享2年(1488)の札所番付などもあります。

札所33番・延命山 菊水寺
 札所33番、菊水寺、県文化財となっている藤原時代の作になる聖観世音立像をおまつりしてるお堂は、入り口の「正大悲殿」の額と菊水紋様の横幕が目を引きます。江戸時代に赤子の間引きを戒めた「思想繁昌手引草」の子がえしの絵図や埼玉県最古の芭蕉の句碑も見どころです。

札所34番・日沢山 水潜寺
 札所34番、水潜寺、西国・坂東・秩父の日本百観音の結願寺らしく巡礼を終えた人たちの金剛杖やおいずる、輪袈裟などが納められています。百観音のお砂踏みや、日本百観音の結願堂もたっており、岩屋からひかれた長命水を水垢離の代わりに頂き結願とした。

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秩父華厳の滝~三峰神社~阿弥陀寺~清雲寺~秩父神社~源蔵寺~医王寺~瑞岩寺~円福寺~萬福寺

 秩父には三十四観音のほかに、十三仏霊場も開かれていました。こちらに来て巡礼中に気がつきました。せっかくですので、残りの時間に神社とともに無理なく訪ねられる十三仏へお参りして秩父路を後にしました。
 今回の三十四観音その他の名社、名刹巡りを多くの思い出を残して、事故もなく無事に終わりましたことを、観音様や出会った方々に感謝申し上げます。
 実はこの後、札所巡りのすばらしい実用的な現生ご利益を観音様や十三仏からいただいたことに気がつきました。それは秩父の道路や交通事情に自分なりには格段に詳しくなったことでした。この後は秩父へ行くのは、地図やナビがなくても不安なく向かえるようになりました。ありがとうございました。

秩父華厳の滝
 札所34番の水潜寺から600mほど奥の所に秩父華厳の滝があります。高さ10数mの滝ですが、日光の華厳の滝とよく似ていることから、その名で呼ばれています。滝上には、目を大きく見開いたユニークな不動明王があります。また、春の新緑から秋の紅葉にかけての景観がたいへん素晴らしい滝です。

三峯神社
 1,100mの山上に、日本武尊が伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉册尊(いざなみのみこと)の二柱を祀ったのが始まりとされ、お使いの神として狼が祀られている。
 春日造りの本殿・権現造りの拝殿は、ともに極彩色の彫刻が施されて華麗そのものである。 すでに江戸時代には三峯講が組織され、現在も四季折々に崇敬者で賑わっている。

大應山 阿弥陀寺
 秩父十三仏霊場のひとつ。阿弥陀如来を祀る寺。

清雲寺のしだれ桜
 秩父市荒川上田野、若御子山の麓にある清雲寺は、樹齢600年の県指定天然記念物をはじめとするしだれ桜の名所。 江戸彼岸桜とピンク色の秩父紅しだれ桜が混成し、大小約30本のしだれ桜が咲き競う。エドヒガン桜と秩父紅しだれ桜の開花の時期が1週間ほどずれているため長い期間楽しめることでも評判です。

秩父神社
 創立は凡そ二千有余年前、秩父の総社として柞之杜(ははそのもり)に鎮まる古社。12月3日の例大祭「秩父夜祭」には、国指定重要民俗文化財の屋台笠鉾が曳き巡り、日本三大曳山祭に数えられる。又、徳川家康公御造営の権現造り様式社殿には、極彩色の彫刻が施され、名工左甚五郎作「つなぎの龍」・「子育子宝の虎」は有名。

大東山 源蔵寺
 秩父十三仏霊場のひとつ。弥勒菩薩を祀る寺。納経所あり。

師慶山 医王寺(二十三夜寺)
 秩父十三仏霊場のひとつ。勢至菩薩を祀る寺。医王寺は二十三夜寺とも呼ばれ、地元の人たちからは「三沢の三夜様」として古くから親しまれています。
 聖徳太子がこの地を訪れた際、自ら薬師如来を彫刻 し、草ぶきの家を建て安置したのが始まりと伝えられています。毎月旧二十三日が縁日、十方信者の諸願成就護摩供養を厳修しています。

融興山 瑞岩寺
 秩父十三仏霊場のひとつ。十一面観音菩薩を祀る寺。春には、本堂裏の岩山には岩ツツジが咲く。山頂からは、秩父盆地や奥秩父の山々も一望することができます。

平量山 円福寺
 秩父七福神めぐりのひとつ。大黒天はインドのヒンドゥー教のシヴァ神の化身マハーカーラ神。日本古来の大国主命の習合で大黒柱と現されるように食物・財福を司る神とされています。

西光山 萬福寺
 秩父十三仏霊場のひとつ。不動明王を祀る寺。西光山萬福寺には不動明王が祀られています。毎年4月29日には境内呑龍堂にて祈願法要が行われます。

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