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真田の里
- 2016/06/26(Sun) -
2016年5月21日
コース:上田~真田氏歴史館~御屋敷公園~信綱寺~千古の滝~長谷寺~真田氏本城跡~角間渓谷

 今回は北毛から離れて東信へ。真田一族のふるさと真田の里へやってきました。自分たちも観光ドライブですが、今年のブームでいずれの場所もにぎわっています。真田氏本城跡 の 真田丸撮影地 では、「この景色はテレビで見た!」と喜ぶお客さんも多かったです。
 最後に行った角間渓谷や猿飛佐助修行の地はほとんど登山道なので、さすがに観光客も少ない中を、渓谷中腹の山道を歩いていると、外国人観光客に行き会って驚きました。忍者 に興味があるのかもしれません。

「信州上田観光情報」に、今回訪ねた各所が分かりやすくまとめられてありましたので引用します。

真田氏歴史館
 武田二十四将として活躍した真田幸隆をはじめとする真田一族の歴史を古文書や武具等の豊富な資料で紹介しています。館内の展示は、年代に沿って配置されており、観覧していくうちに真田氏の活躍の様子をわかりやすく理解することができます。 (「ミュージアムパスポート」対象施設です。)

真田氏館跡
 真田氏が上田城を築城する以前の居館跡で、地元では「お屋敷」と呼ばれ親しまれています。現在は「御屋敷公園」として整備され、ツツジの名所として知られています。

御屋敷公園のつつじ
 上田城築城以前に真田氏が居住していた館跡は現在御屋敷公園として整備されています。つつじの名所としても有名で、毎年5月中旬から6月上旬にかけて御屋敷公園内で、約600株の「やまつつじ」が咲き乱れます。

信綱寺
 創建は室町期で、その後真田昌幸が長兄信綱の位牌所としました。真田信綱夫妻の墓があります。

長谷寺
 真田幸隆が開山した真田氏の菩提寺。境内には幸隆夫妻と昌幸の墓があります。六文銭が刻まれた石門や、これを覆うように咲くシダレザクラも見どころです。

真田氏本城跡
 この城は真田山城、松尾新城、住連寺城、十林寺の城山などといわれますが、真田氏の本城にふさわしい規模や位置の城であることから真田氏本城跡と呼ばれています。

角間渓谷
 烏帽子岳山麓の長さ4キロメートルにわたる大渓谷。秋には断崖絶壁に色鮮やかな紅葉が燃え立つ県下有数の景勝地です。真田十勇士忍者猿飛佐助の修行の場とも言い伝えられています。

真田の里115

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岩櫃山
- 2016/06/23(Thu) -
2016年5月16日
コース:平沢登山口~岩櫃城本丸址~岩櫃山~十二様通り~密岩神社~潜龍院跡~沢通り~不動滝~観音山

 名胡桃城、沼田城に続いては、真田氏の上州における一番の拠点、岩櫃城です。岩櫃山にも登りました。CGで作られた岩櫃山は、「真田丸」のオープニングに表れますので、今年は全国の人がその姿を最も見ている山でしょう。
 岩櫃山はこのブログで2回目の登場です。今回は、本丸を経由して登頂したあと、いったん密岩神社に下って神社と潜龍院跡を見学しました。岩櫃山では数日前に転落事故があり、密岩通りは通行規制となっていました。
 下山後、時間も少しあったので、隣にある観音山にも登りました。

 東吾妻町公式サイトは「大河ドラマ真田丸の地 岩櫃」として、たいへん気合の入った案内が載っていました。今回まわった各ポイントを一部引用して編集します。

岩櫃山
 東吾妻町のシンボルで、標高802.6メートルの奇岩・怪石に覆われた山。ぐんま百名山のひとつにして、吾妻八景のひとつ、群馬県を代表する名勝。南側の正面は奇岩が組み合わさったような高さ200メートルの断崖絶壁。この岩場は脆く、ロッククライミングは不可能。
 登山道は4つのルートがあり、JR群馬原町駅からアクセスする平沢地区からの「沢通り」「尾根通り」、同郷原駅から古谷地区にアクセスする「密岩通り」と「赤岩通り」がある。中腹には武田の三堅城のひとつ、戦国・真田氏の拠点だった岩櫃城跡があり、北関東を代表する山城とされている。

岩櫃城
 岩櫃城は岩櫃山全体を機能的に活かした巨大な山城。甲斐の岩殿城、駿河の久能城と並び武田の三堅城と呼ばれている。西側、南側は巨岩による絶壁と吾妻川により守られており、おもに上杉や北条を意識して東側の防御に重きをおいている。
 特徴的な岩櫃山の正面から見ると、城の中心地は裏側に隠れているように存在している。隠れるように地味に山腹に広がる岩櫃城は、実は、縦横多様に伸びる無数の深い堀と、それを見下ろす数々の曲輪、自然の地形、複数の支城が連携構築された城。

潜龍院跡
 織田・徳川連合軍による甲州征伐時、主君・武田勝頼公に退却を進め、名門武田の家運を挽回しようとしたのが「岩櫃城」。結果、勝頼公は岩櫃には入らず、天目山で自害してしまうが、勝頼公を迎えるために3日間で建てたといわれる館城が、古谷御殿。そこに潜龍院(せんりゅういん)という寺があったため、この地を「潜龍院跡」と呼んでいる。
 絶壁の岩櫃山の眼下に開けた不思議な空間で、山の中に開けた庭園のよう。岩櫃山を外から見ている限りはその空間の存在など想像することはできない。入口手前20メートルに近づいても、木立のベールに包まれている。しかし、そこに足を踏み入れるや、一瞬にして現代社会とは隔絶され、訪れる者の魂は、パッと戦国の世へと飛んで行ってしまう。真田氏が築いた特徴を持つ石垣が残り、その上に館城があったことが容易にイメージされる。

密岩神社
 岩櫃は、古来から修験文化の宿る敬虔な山。とりわけ、謎と伝説に包まれているのが「密岩神社」。奥宮といわれる古くからの神社は、密岩通り登山道の中腹にある。参道も脆く危険で、行く事ができない。お参りがしやすい古谷地区の中心地に里宮が設けられ、遷宮が行なわれた。ドーンと聳える芸術的な岩櫃山を背景にする密岩神社里宮は、修験の山と一体となった神聖な佇まいを感じさせる。
 NHK大河ドラマ「真田丸」の撮影クルーは初めてここを訪れ、その迫力に、そのスピリチュアルに、一同が一様に嘆息を漏らした。岩櫃山の迫力ある山容、それが日本の信仰と結びついている精神世界、その両面が1枚の絵に同時に映し込まれたかのように、心象的に魂を揺さぶる場所といえる。

観音山・不動滝
 JR群馬原町駅から平沢集落へ向かう途中、平沢川越しに御堂がみえる。不動滝を見下ろす瀧峩山不動堂で、この背後の山が瀧峩山(観音山)。ここには百観音の石仏が祀られている。胎内くぐりや迷路のような洞窟、マイナスイオンに包まれる不動の滝などを楽しめるほどよいハイキング名所。
 観音山に欠かせないのは不動滝。岩だらけの岩櫃山から、よくもこんなに水が流れるものだと関心するほどの水量が箱庭のようにコンパクトな滝壺にドドンと落ちる。3段30メートルの滝で、近くからは最下段の滝しか見えない。滝が落ち込む滝壺は浅く、裸足になって入っていけば、滝はもう目の前に感じることができる。冷涼な水しぶきを体に浴びて、身を清める。周囲の修験文化と独特の岩石に覆われた滝を仰ぐと、まるで自然への畏敬が全身を包むようだ。

岩櫃山67

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沼田城
- 2016/06/20(Mon) -
2016年5月15日
コース:沼田~沼田城~真田丸展

 沼田城は沼田氏による築城後、真田昌幸・信幸の二代にわたる真田氏と、上杉・武田・北条・織田(滝川一益)・豊臣・徳川といった戦国の主役たちと深い係わりがあり、戦国時代から天下統一、さらに江戸幕藩体制や改易などの歴史の縮図のような城でした。
 それにしても、せっかく造った五層の天守閣や三層の櫓が残っていれば、松本城と鶴ヶ城のちょうど中ほどに、近い規模の城をもうひとつ見られましたのに、すぐに壊されて残念でした。こちらも案内板をたくさん撮りました。その後、真田丸展も見学しました。

沼田城
 沼田城は天文元年(1532)に沼田万鬼斎顕泰が築き、当時は蔵内城と呼ばれていました。天正8年(1580)に真田昌幸が入城し城の規模を広げ、天正18年(1590)に昌幸の長男信幸(之)が沼田領二万七千石の初代城主となり、慶長2年には五層の天守を建造しました。
 その後5代91年間の真田氏の居城となりましたが、天和元年(1681)、5代信利が江戸幕府に領地を没収され、翌年1月に沼田城は幕府の命により完全に破却、その後天守が再建されることはありませんでした。
 現在、城跡は沼田公園となっていますが、石垣の一部など遺構をわずかに確認することができます。
(沼田市観光協会より)

沼田城55

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名胡桃城
- 2016/06/17(Fri) -
2016年5月15日
コース:関越道~月夜野~名胡桃城~沼田へ

 2016年は NHK大河ドラマ真田丸 が、放映されています。今から約450年前の戦国時代に真田氏は、東信から北毛にかけて勢力を伸ばしていました。これは現在、管理人ふさじろうの主な山行先と重なります。
 管理人が山梨や富士山方面に出かけるのは、武田氏に仕えていた当時に甲府に伺候していたかのようです。また管理人は時々は、北条氏領の武蔵、相模の国へ、上杉氏領の越後の国へと出かけては、歩いたり登ったりしています。
 今年の初夏は、およそ450年の時を隔てて行動範囲がよく似ている真田氏ゆかりの地を何カ所か訪ねてきました。

 はじめに 名胡桃城 です。戦国時代末期に名胡桃城の領有をめぐっては、紆余曲折の末、豊臣秀吉の調停で東と赤谷川の左岸を北条領、西(名胡桃城)を真田領とする裁定が下されるも、北条氏の沼田城代が名胡桃城を不法に攻略してしまいました。
 この名胡桃事件に激怒した秀吉は、北条氏に対して戦いを宣し、全国の大名に命じて小田原攻めを開始し、北条氏の滅亡により戦国時代が終結しました。現地に立てられた旗にも「歴史を変えた」とうたわれています。
 城址には廓ごとの解説板があって、後で読もうと写してきました。管理人ふさじろうはもっぱら手持ちの地上撮影ですが、同行している山仲間のがっちゃんは、新兵器により、空中撮影を行っています。空から見ると利根川に突き出した断崖なのがよく分かります。何コマかもらいましたのでごらんください。

名胡桃城
 名胡桃城は室町時代に沼田氏の一族といわれる名胡桃氏が館を築いたのが始まりと言われています。その後天正6年謙信急死の後、名胡桃館を攻略し、沼田城を手中にする前線基地として名胡桃城を築いたのです。
 利根川と赤谷川の合流近く、三方が絶壁となっている天然の要塞に作られた山城で、豊臣秀吉の天下統一の発端となる小田原北条征伐のきっかけになった城として歴史の上でも有名です。現在でも本郭、二の郭などが原型をとどめています。
(みなかみ町観光協会より)

名胡桃城79

名胡桃城1 名胡桃城2 名胡桃城3 名胡桃城4 名胡桃城5 名胡桃城6 名胡桃城7 名胡桃城8 名胡桃城9 名胡桃城10 名胡桃城11 名胡桃城12 名胡桃城13 名胡桃城14 名胡桃城15 名胡桃城16 名胡桃城17 名胡桃城18 名胡桃城19 名胡桃城20 名胡桃城21 名胡桃城22 名胡桃城23 名胡桃城24 名胡桃城25 名胡桃城26 名胡桃城27 名胡桃城28 名胡桃城29 名胡桃城30 名胡桃城31 名胡桃城32 名胡桃城33 名胡桃城34 名胡桃城35 名胡桃城36 名胡桃城37 名胡桃城38 名胡桃城39 名胡桃城40 名胡桃城41 名胡桃城42 名胡桃城43 名胡桃城44 名胡桃城45 名胡桃城46 名胡桃城47 名胡桃城48 名胡桃城49 名胡桃城50 名胡桃城51 名胡桃城52 名胡桃城53 名胡桃城54 名胡桃城55 名胡桃城56 名胡桃城57 名胡桃城58 名胡桃城59 名胡桃城60 名胡桃城61 名胡桃城62 名胡桃城63 名胡桃城64
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鳴神山
- 2016/06/11(Sat) -
2016年5月7日
コース:桐生~駒形登山口~肩の広場~鳴神山~カッコソウ群落地~椚田峠~赤柴登山口~駒形

 ぐんま百名山、新花の百名山の鳴神山。前回の2010年5月3日に登った時は、東側の大滝からの周回でした。今回は西側の駒形方面からの周回です。山頂部以外は、登路、降路ともに初めてのコースでした。
 前回はアカヤシオの季節で、カッコソウはほんの咲き始めでしたが、今回はしっかりと群生を見られました。監視員も犬を連れて保護に務めていました。他にもヤマブキソウ、ヒメイワカガミ、ヒイラギソウ、ウラシマソウ、コンロンソウなど、新花の百名山らしくちょっと珍しいいろいろな花が見られました。

鳴神山
 鳴神山脈の主峰。山頂が二峰に分かれており、東峰の桐生岳は桐生川筋の村が、西峰の仁田山岳は山田川筋の村がそれぞれ雷神の住む山として信仰の対象とし、神社を祭ったという。
 鳴神山とその周辺には植物分布で極めて貴重な、そして希少な野草が2種あります。
 一つはカッコソウです。サクラソウの仲間の種類で春に紅紫色の五弁の花を咲かせます。花の中心部が濃赤色のもので特にナルカミカッコソウとも呼ばれています。
 江戸時代後期、長崎の出島に来日した医師でもあり博物学者のドイツ人P・F・Vシーボルトによりヨーロッパに広く紹介された草花です。このタイプ標本は、今もオランダのライデン大学に大切に保存されているそうです。
 もう一つは鳴神山の名を冠したスミレの一種ナルカミスミレです。春に純白に近い清楚な花を開きます。ヒトツバエゾスミレの白花のものを指しています。非常に希少な種であることが植物分類学者、牧野富太郎氏により明らかにされました。
 この2種の野生のものは、世界で、鳴神山とその周辺以外で探し出すことは、大変難しいと考えられています。しかし最近本地区でも株数が少なくなり、絶滅が心配です。
(ぐんま百名山公式サイトより)

鳴神山71

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群馬フラワーハイランド
- 2016/06/08(Wed) -
2016年4月30日
コース:安中~秋間~群馬フラワーハイランド

 群馬フラワーハイランドは群馬県安中市北部の秋間地区にあります。県営施設の ぐんまフラワーパーク に匹敵するような名前ですが、家族で経営されているアットホームな花園です。4月末のこの時は、赤富士 と呼ばれる、富士山型の大きなツツジの植え込みが見事でした。赤いツツジで斜光に染まる富士山を、白いツツジで雪を表していて、細やかな技術とセンスに感心しました。園から遠望できることにちなんで、妙義山 と名付けられた植え込みもありました。
 一周見物した後は、ここの奥様からお茶を勧められてひと休みしました。休憩所には訪れた芸能人、有名人の写真やサインが飾られています。多くのカメラマンが写した花や園の写真がありました。なかにはかの、秋山庄太郎先生も花の撮影に来ていました。
 開園期間は1月から5月の半ばまでです。来年はほかの季節に訪ねてみたいです。

 秋間梅林のすぐ西にある、自然の地形を活かした花の園。5万平方mの敷地には、毎年1月8日のオープンから5月の終わりまで寒紅梅、蝋梅[ろうばい]、福寿草、20万本のスイセン、しだれ桃・桜、3万本のクルメつつじ、しゃくなげなど、四季折々の花々が咲く。
 特に12月の寒い時期から咲き出す寒紅梅は山全体を紅色に染める。梅の里から漂う香りに、ひと足早い春を感じられる。
(るるぶより引用)

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ウノタワ
- 2016/06/04(Sat) -
2016年4月23日
コース:秩父~山伏峠~横倉林道~ウノタワ~横倉山~大持山往復~名栗~岩井堂観音~飯能

 武甲山近くの大持山から南に伸びる尾根上に、不思議な地名と地形を持った ウノタワ があります。尾根の途中が広く平らになり、一部が窪んだような地形になっています。伝説によるとこの地の神さまが、鵜に化身してあたりを沼として住んでいたそうです。
 この日は雲が稜線まで低く垂れこめてガスになり、ウノタワの全体が見通せませんでしたが、むしろ不思議な雰囲気は増したかもしれません。登路の沢沿いは苔むした岩がごろごろしていて、それもまた珍しくて一見の価値がありました。
 帰りは飯能側に下りました。都県境にある岩井堂観音は、浅草観音の発祥の地になります。かつて嵐によりここから観音像が川に流れてしまい、浅草浦で漁師の網に引き上げられて祀られ、浅草寺へと発展したそうです。
 お堂の参道は岩場をトラバースするなかなかのワイルドなコースです。登山者には楽しい参道ですが、一般の参拝者には大ごとでしょうか。訪ねるとちょうど管理の人が来ていて、見学させていただきました。お堂やこの地の由緒や歴史もうかがえて、この日一番の思い出になりました。
 今回の ウノタワ と 岩井堂観音 は、ブログで相互リンクしています 好日奥武蔵 さんに紹介してもらって知りました。どちらも不思議な伝説や由来があって興味を引かれ、いつか行きたいと思っていてようやく訪ねられました。ありがとうございました。

ウノタワ69

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