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がっちゃんの長州旅行記
- 2015/06/28(Sun) -
 管理人ふさじろうです。山仲間のがっちゃんが、ゴールデンウィークに、大河ドラマ花燃ゆ の舞台、山口県を訪ねてきました。琉球旅行記と同じように今回は長州旅行記として紀行をまとめてもらいました。写真は大きめのサムネイルにしましたので、このままでもご覧になれますが、案内文などはクリックで大きくしてお読みください。


                           がっちゃんの長州旅行記

日程とコース

5月2日 羽田 → 萩石見空港 → 花燃ゆ大河ドラマ館 → 萩ユースホステル(泊)
5月3日 野山獄・岩倉獄跡 → 松陰誕生地 → 松陰神社 → 楷の木 → 萩博物館 → 堀内鍵曲 → 萩駅 → 菊ヶ浜
       → 萩の地形、萩から見える島 → 萩ユースホステル(泊)
5月4日 萩城跡 → 志都岐山神社 → 旧萩藩校明倫館 → 新山口駅へ → SLやまぐち号 → 防府へ → 大楽寺
       → 英雲荘(三田尻御茶屋) → 防府天満宮 → 周防国分寺 → ほうふ花燃ゆ大河ドラマ館
       → ホテルたからや(泊)
5月5日 毛利博物館 → 徳山 → 大阪 → 帰路


5月2日

 5月2日12時30分、萩石見空港に降り立ちました。羽田からは1日2便しかない飛行機は満席でした。今年の大河ドラマはイマイチ盛り上がっていませんが、それでも萩を訪れたいと思っている人が多いのだろうと予想しました。萩石見空港と名乗っていますが、空港の所在地は山口県ではなく島根県。空港から萩までは、普段は直行する交通機関はなく、いったんJR益田駅に行くか、予約制乗合タクシーに乗るしかありません。
 しかし、大河ドラマの客を見込んでか、4月3日から来年1月10日までの金土日祝日は、萩行直行バス「花燃ゆ号」が運転されています。空港では、ピンク色の法被を着たスタッフが出迎えてバスチケット売り場、バス乗り場を案内していました。大型連休初日。かなりの人がこのバスに乗るのではないかと思っていました。おそらくスタッフの方も。
 ところが、バスを待っているのは私の他に1人だけ。バスを待っているとスタッフの人が話しかけてきました。話題は大河ドラマと私の旅行の目的が中心でした。他のスタッフの人にも話しかけられ、同じ話をしました。客よりもスタッフが多くなっている事に、気の毒になってしまいました。
 たくさんの観光客を乗せる予定だった大型バスは、乗客2人で萩の大河ドラマ館に直行しました。まず旧明倫小学校体育館に設置された「花燃ゆ大河ドラマ館」を見学しました。ここは、さすがに大河ドラマファンでたくさんの人が来ていました。
 ここで地図、パンフを入手して今後の予定を検討しました。2日目をサイクリングで回る予定でしたが、2日目の予報は雨。なのでバスで観光する事にしました。萩循環まぁーるバスと萩市内バスが乗れる共通2日間乗車券をゲットし、2路線ある萩循環まぁーるバスを一通り乗り回し、本日の宿、萩ユースホステルに向かいました。萩ユースホステルでは、大河ドラマファンの方と相部屋になり、大河ドラマ談義に花を咲かせました。

 大河ドラマ館の人物相関図で主人公 文(ふみ)は、3男4女の兄弟姉妹であるが、ドラマでは3男2女となっています。一つ上の姉は早世しているのでドラマに出ていないのは理解できますが、93歳まで生きた長女が描かれていないのは、ちょっと不可解でした。たぶん、文よりも松陰に影響を及ぼしていると思われますが。

萩ユースホステル
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海岸夜景
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5月3日

 萩は予報どおり雨。しかも冷たく風も強かったです。今日が観光の日。予定通りバスで観光。

野山獄・岩倉獄跡
 大河ドラマでは、吉田松陰が2度投獄されたのが野山獄です。名前からして町から相当離れた場所を想像していたのですが、場所は街中。しかも野山獄と岩倉獄は道を一本隔てただけで向かい合わせ。ドラマでは凄く遠く離れたイメージだったので、ちょっと拍子抜けでした。今は一般住宅が建ち、一部の跡地に碑が残っているだけです。

野山獄・岩倉獄
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松陰誕生地
 松陰誕生地でもあり、松陰の墓もある場所です。萩の高台にあり、萩が一望出来る場所です。松陰の他、松陰の父母、兄弟、高杉晋作の墓もあり、大河ドラマのオールキャストが揃っていました。松陰銅像でしゃがんでいるのは、松陰と黒船に乗った金子重輔。

松陰誕生地
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東光寺
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松陰神社
 大河ドラマの影響で人出が凄かったです。松下村塾も現存していました。ドラマのセットはおそらく忠実に再現されているので、どこかで見たような建物でした。この2日後に世界遺産登録勧告されています。幕末の建物が今も残されている事は素晴らしいことですが、世界遺産にするまでの建物なのかは疑問です。

楷の木
 どんな由来があるのかと思ったらなんと平成元年に会津藩校日新館から貰い受けたもの。会津は長州に対しては因縁があっても、吉田松陰に対しては因縁は無いようです。会津の人は知っているのかなあ?

松陰神社
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松下村塾
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松陰幽囚の旧宅
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楷の木
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萩博物館
 ここでは、吉田松陰の手紙、楫取素彦の手紙、久坂玄瑞の手紙、高杉晋作の手紙を特別展示していました。手紙からそれぞれの人柄や時代背景を解説した学芸員の方の説明は非常に興味深く、面白かったです。内容を知りたい方は是非、萩博物館へ。

萩博物館
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堀内鍵曲
 石垣や風景は昔の面影を残していました。ドラマで使われた場所を探して歩き回りましたが、どこで撮影されたかは不明。

堀内鍵曲
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口羽家住宅
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江風山月書楼
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萩駅
 バスの乗り換えポイントである為、何度かこの駅で途中下車しました。萩のメイン駅は東萩駅ですが、大正14年に建てられた萩駅は洋館駅として登録文化財に指定されています。日本初の鉄道(新橋~横浜間)の開通に貢献した井上勝は萩の出身。
 萩駅舎は、井上勝を含む長州ファイブ、ミニ鉄道博物館となっています。ちなみに駅としての機能は左端のみなので、駅なのに駅がどこなのか迷っている人もいました。当時の公衆電話は自分で働くのですね。

萩駅
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菊ヶ浜
 大河ドラマのオープニングで大砲の訓練場面で撮影された場所です。萩の一般の人もエキストラとして参加してロケが行われました。

菊ヶ浜
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萩の地形、萩から見える島
 萩は特異な地形をしています。町を囲む三角州、陸の先端にある指月山、沖にたくさん見えるテーブルマウンテンのような島々。なんとこれは火山活動によって出来たもの。
 玄武岩の小さな溶岩台地、マグマのしぶきによって作られたスコリア丘、安山岩で出来ている平らな頂部を持つ小さな溶岩台地。世界中で萩だけしか見る事ができない火山地形もあるとの事。萩を形成したのは、50余りの火山が集まった阿武火山群。
 ちなみに火山群は日本に、福江火山群(長崎)、東伊豆火山群と3つあります。今、日本は火山活動が活発ですが、阿武火山群も2003年に活火山に指定されています。火山活動は終息したと考えられておらず、今後も火山活動が起こる可能性が残されています。
 夜はYHで旅の報告会と大河ドラマ鑑賞でした。

地形と島
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5月4日

萩城
 早朝5時半に起き、萩城跡へ行きました。戦国時代、中国地方の最大最強の武家、黒田官兵衛のライバル的存在だった毛利家が行きついた場所。仕方なく萩に来たことになっているようですが、結果的に最高の居場所に行きついたのではないかと思いました。
 指月山。標高143m。頂上まで30分とあったが、眺望はないとの注意書きなので、登りませんでした。登った人に話を聞いたところ、特に何も無かったようです。

萩城
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「花燃ゆ」のロケに使われた志都岐山神社
 たしか早朝に文と久坂玄瑞が出会うシーン。城に近いというよりは、完全に城内。城内の警備を考えたら絶対有り得ない矛盾したシーンと思いました。

志都岐山神社
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遊覧船
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旧萩藩校明倫館
 立派な建物で萩市立明倫小学校の敷地内にあり、1867年の廃館ですが、一部はしばらく明倫小学校として使われていたようです。大河ドラマ館もここにあります。
 ドラマでは、ここで教育を受けた人を差し置いて、松下村塾出身者が活躍していますが、明倫館出身者は松下村塾出身者の活躍(暴走?)をどう思っていたのでしょうか?

明倫館
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バスで新山口駅へ移動
 乗ったバスは「スーパー萩号」。通常の路線バスは2000円ですが、このバスはドラマ館から新山口駅直行で1000円。国からの補助が出ているとの事。同じ場所を走っているのに、料金が違いすぎるような?

SLやまぐち号
 思いがけず、SLに出会えました。SL世代ではありませんが、SLには懐かしさの他に不思議な魅力があります。

SLやまぐち号
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普通電車で防府へ移動
 防府は文と楫取素彦が晩年を過ごした場所です。ここにも大河ドラマ館はあるが、大河ドラマで舞台になるのはおそらく、ラスト1、2回。今の主要な出演者はほとんどいなくなっているし、文はもちろん、楫取素彦もそんなに有名ではないようで、行く前から防府では盛り上がっていないという噂。
 でも、こういう機会に防府を訪れたのは何かの縁。ほうふ花燃ゆバスに乗って、観光地を一通り回りました。バス乗り場、バスの中、それぞれの観光地にはボランティアガイドがいて、その地のうんちくを語ってくれました。話す人がいない私にとっては、とても有意義な時間でした。大河ドラマはおいておいて、おもてなしという点では、防府はいい所でした。

大楽寺
 楫取素彦と文の墓があり、文役の井上真央も訪れた場所。それ以前には夏目雅子の墓があるという事で有名なお寺でした。

大楽寺
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英雲荘(三田尻御茶屋)
 萩を拠点とした毛利家は参勤交代の際、萩から防府までを陸路(萩往還)、防府からは海路を通っていました。防府はつまり、長州の玄関口、交通の要衝です。三田尻御茶屋は、藩主の休憩所や迎賓館として使われていた場所。大河ドラマでも京を追われた三条実美ら公家が滞在したとして使われています。
 ちなみに「英雲荘」とは、1939年(昭和14年)に、毛利家から防府市に寄付され、防府の産業振興に尽力した7代藩主の毛利重就の法名から名づけられています。坂本竜馬も滞在したという噂ですが、定かではありません。

英雲荘
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三田尻港
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防府天満宮
 学問の神様、菅原道真公を祀った神社です。「幸せますウィーク」という事で、「幸せます」という花壇が出迎えてくれました。
 大河ドラマでは、禁門の変で京に向かおうとする来島又兵衛とそれを止めようとする高杉晋作が激論をする大専坊が舞台となっています。暁天楼は勤王の志士達が密議を交わした場所。ボランティアガイドさん曰く「普段は開いていない」、という事で入れたのはラッキーでした。

防府天満宮
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周防国分寺
 だだっ広い場所にそびえる山門。普段の生活の場にある公園のような感じでしたが、聖武天皇の勅願によって建立された由緒ある寺。当日の最後の場所、最終バスまでの短い時間と私の勉強不足が最大の要因だが、国分寺金堂の中の重要文化財を拝むことなく、通り過ぎてしまいました。

周防国分寺
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ほうふ花燃ゆ大河ドラマ館
 あまり盛り上がっていないというのは、噂どおりでした。文が防府で晩年を過ごしていますが、防府(他の場所でも)ではほぼ無名。この地を救ったヒロインであれば盛り上がったのでしょうが、今回の大河ドラマで存在を初めて知られた人物では、人を呼ぶのは厳しいかなあ。

毛利氏庭園
以下は観光協会の毛利氏庭園の説明からの抜粋です。
 旧萩藩主毛利氏により、大正5年(1916年)に建てられたもので、平成23年(2011年)に国の重要文化財に指定された邸宅は近代和風住宅の精華を示す壮大な建築。平成8年(1996年)に国の名勝指定を受けた庭園はひょうたん池を巡る回遊式で、四季折々の景観が楽しめます。邸宅の一部を毛利博物館の展示室として、毛利元就ゆかりの品をはじめ、国宝や重要文化財を含む約2万点の宝物を所蔵、展示しています。

 広大な敷地に大きな庭、大きな建物、瀬戸内海の眺望。迎賓館の役割も兼ね、大正天皇も泊まられたという場所。紅葉の季節に来たらいいなあと思いました。 毛利家と幕末・維新 ―大河ドラマ「花燃ゆ」の時代背景― という展示をやっていましたが、イマイチよくわからず素通りしてしまいました。
 私は、明治維新後、毛利氏がこの庭園に移り住んだと思っていたのですが、大正に入ってからなのですね。明治維新後の毛利氏は改革の中軸を担う人材を輩出し、最後の藩主毛利元徳は新たに創設された華族制度の最高位である公爵となっています。考えると毛利氏は長州なので、勝ち組になるのですね。
 戦国時代よりもっと源流を遡ってみると、なんと毛利氏は相模国(現神奈川県)から始まっています。私(神奈川県出身)も全く無縁ではないのかなあ?
 その後、大阪グルメを堪能し、夜行高速バスで帰りました。

毛利博物館
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ほうふ花燃ゆ周遊バス
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特急プレート
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徳山駅
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姫路城
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大河ドラマ花燃ゆ 所縁の地を巡る旅をしての感想です。

 現地に行く事で、時代の背景を知り、大河ドラマを深く楽しめるのではないかと期待していました。あちこちの大河ドラマ館で幕末志士達と同列に文の年表を見かけました。ですが、文はほとんど歴史に関わっておらず、エピソードもほとんど無いため、文の年表は大部分が空白でした。
 すでに多くの人も同じように感じているかも知れませんが、文を大河ドラマの主役にしたのは無理があったのではないでしょうか。生き様を全面に打ち出せる歴史上の人物が主人公の方が分かりやすいし、見たい気持ちを強く持てたかと思います。
 ただ、普段あまり行く機会の無い山口県に行き、違った角度から日本を見る事が出来て、良い旅になりました。
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大野山
- 2015/06/25(Thu) -
2015年4月18日
コース:国府津~谷峨~頼朝桜~大野山~洒水の滝~山北

 日和田山、太平山、鐘撞堂山に続く関東百名山第4峰は、神奈川県の大野山です。関東百名山のほかにも、関東の富士見100景になっています。さらに近くにある 洒水の滝 は、日本の滝100選、全国名水百選、かながわ未来遺産100にも選ばれています。麓を含めると「百名○○」が5つも重なるすばらしい名峰です。
 山頂は山桜の季節で、日本の山と花を代表する、富士と桜の景を思いつつ登りましたが、残念ながらこの日は桜しか見られませんでした。
 下山後、滝に寄りました。「洒水(しゃすい)とは、密教用語で清浄を念じてそそぐ香水を指す」そうです。「洒」という字は他では見かけないし、近くに 酒匂川 も流れていることから、今回現地の看板を見るまで、酒水の滝 と思っていました。

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日向山
- 2015/06/22(Mon) -
2015年4月16日
コース:秩父~芦ヶ久保~日向山~山の花道

 寄居町の鐘撞堂山、長瀞町の岩根山、皆野町の美の山に続いて、秩父路花の山の4峰目は、横瀬町の日向山です。市町村ごとに1か所づつまわっているわけではありませんが、振り返るとこうなりました。
 日向山には、カタクリ、セツブンソウ、アズマイチゲなどの山野草の自生地の 山の花道 が、北斜面に整備されています。この日はカタクリはほとんど終わっていたものの、ニリンソウが咲き始めていました。
 「山路(やまみち)を登りながら、こう考えた。・・・・」で始まる有名な小説がありますが、「山の花道、山の花道・・・」と思いながら歩くと、いろいろと浮かんできました。山・花・道という、一般的にとてもよく使われているこれらの文字を単純に組み合わせて、シンプルに美しく名づけたこと。管理人が歩いたり撮ったりしているものでもありました。
 「山の花道」と似たような言葉もいくつか思い浮かびました。
1 男の花道・・・自分は飾ることはないでしょう。
2 桜木花道・・・桜の木もたくさん植えられていて満開でしたので。
3 人の行く裏に道あり花の山・・・山・の・花・道、全ての文字が使われているので。
 今回の記事は管理人の主観と妄想で作りました。さらっと読み流してください。
 秩父路の花名所5カ所目は他の山の後、しばらくしておくります。

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美の山
- 2015/06/16(Tue) -
2015年4月16日
コース:岩根山~皆野町~美の山~芦ヶ久保へ

 鐘撞堂山、岩根山に続く秩父路の花名所の3峰目は、美の山 です。本来の山名は 蓑山 ですが、公園の名称の 美の山 が今では広く使われています。
 美の山の一番の特長は何と言っても 関東の吉野山 と言われるほどの、8,000本が植栽された桜です。ギョイコウなどの珍しい品種も見られます。
 もう一つの特長は大霧山とは峠でつながっているものの、秩父の中では珍しく独立峰的な山で、そのため周囲の眺望がすばらしいです。この日は桜も眺望もこのくらいに楽しめました。

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岩根山
- 2015/06/12(Fri) -
2015年4月16日
コース:長瀞~岩根山~美の山へ

 鐘撞堂山に続く荒川沿いの花名所2か所目は、岩根山です。岩根山 というピークはありませんが、岩根山神社周辺の総称になります。昨年秋に歩いた 風布の里 とは尾根をはさんで西側です。境内一帯にツツジが植え込まれている花の名所で、長瀞八景にも選ばれています。
 今回はそのツツジに合わせて訪ねたはずでしたが・・・。残念、半分以上は散っていました。今年は例年より1週間早いそうです。秋の散りモミジは写真にもなりますが、あまり見かけない春の散りツツジをごらんください。

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鐘撞堂山
- 2015/06/03(Wed) -
2015年4月12日
コース:美里~円良田湖~鐘撞堂山往復

 6月に入りましたが、ブログの方はまだしばらく春景色が続きます。季節がひとつ遅れますことをご了承ください。

 夏には3000m級の日本百名山へと思いながら、春には300m級の関東百名山を歩いてきました。日和田山305m、太平山341m、に続く関東百名山の第3峰は、鐘撞堂山330m です。
 埼玉県寄居町の鐘撞堂山は、戦国時代は北条氏の見張り場で、ことある時には鐘をついて合図したことから名づけられました。なだからな登りやすい山なので、飼い主に連れられたワンコもたくさん登っていました。
 鐘撞堂山や、麓の円良田湖は、桜が植えられていて、この季節はお花見登山が楽しめます。新緑も芽吹いて、鳥が舞っているような若葉が見られました。このあとはミニ特集で荒川流域の花の名所をさかのぼります。

鐘撞堂山67

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