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がっちゃんの琉球旅行記
- 2013/02/23(Sat) -
 管理人ふさじろうです。山仲間の がっちゃん が、年末年始に沖縄から西表島、石垣島を旅してきました。土産話を聞くと、南の島には関東周辺とは違う別世界のおもしろさがありました。これは私たちだけの話ではもったいないので、旅の様子を編集してもらいました。みなさまもいっしょにお楽しみください。


                           がっちゃんの琉球旅行記

 はじめまして、がっちゃんです。ふさじろうさんとは山旅仲間で、よく一緒に山歩きをしています。こちらのブログにも時々、後ろ姿や遠くで小さく写っています。今回は1ページを借りまして、年末年始に行った沖縄、西表島、石垣島の思い出をまとめました。

日程とコース

2012年
12月30日 羽田 → 那覇 → 旧海軍司令部壕 → 首里城 → 民宿コバルト荘(泊)
12月31日 那覇 → ハブ博物公園 → ガンガラーの谷 → 今帰仁村 → 民謡居酒屋 → ゲストハウス結家(泊)
2013年
 1月 1日 今帰仁城 → 辺野古 → 那覇空港 → 石垣島 → 西表島上原港 → 民宿マリウド(泊)
 1月 2日 西表島ピナイサーラの滝カヌーツアー → 民宿マリウド(泊)
 1月 3日 西表島大原港 → 石垣島 → 具志堅用高記念館 → 島宿月桃屋(泊)
 1月 4日 とうふの比嘉 → 八重山鍾乳洞 → 石垣空港 → 那覇空港 → 成田


2012年12月30日

沖縄へ
 羽田から那覇へ飛びました。前日に石垣島から波照間島へ行った旅仲間から、半袖に着替えたという情報が入っていたのですが・・・。那覇空港は雨。風が強く、海は大荒れで寒かった。外を歩いたら早々に傘が壊れました。
 初めに那覇の南、豊見城市にある旧海軍司令部壕を訪ねました。空港からは沖縄唯一の鉄道(沖縄都市モノレール)ゆいレールに乗って奥武山公園駅へ。
 そこから県道を東に向かって約20分歩きました。観光地っぽくなくて途中に看板もないので少し不安になりながら、なだらかな坂道を歩いて行きました。県道がトンネルに入るところをトンネルの上に出ました。そこからようやく開けてきて左に曲がると、那覇市内と東海岸が見渡せる丘にたどりつきました。その丘の下が目的地である旧海軍司令部壕でした。

旧海軍司令部壕
 旧海軍司令部壕は昭和19年に日本海軍設営隊(山根部隊)によって掘られ、当時は450mあったと言われています。米軍の艦砲射撃に耐え、持久戦を続けるための地下陣地で、4000人の兵士が収容されていました。戦後しばらく放置されていましたが、数回に渡る遺骨収集の後、昭和45年に観光開発事業団によって司令官室を中心に300mが復元されました。資料室内には、銃器や軍服など壕内より発掘された遺品や家族へ宛てた手紙など、旧日本海軍についての資料が展示されています。
 防空壕のようなイメージでしたが、中はかなり深く広かったです。しかし、この壕の中に4000人もの兵士がいた事を考えると、過酷の環境であった事は言うまでもありません。司令官室、信号室、暗号室、その当時の電源等、一時的にここが沖縄の最前線基地であった事を物語る遺物が多数有りました。壕の中から壕の入り口を見た時、ここから飛び出して行く兵士の気持ちを考えると、ぞくぞくする緊張感を覚えました。

旧海軍壕公園から那覇市街方面を望む
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首里城
 夜は首里城へ出かけました。プレミアムナイト期間中で、首里城はライトアップされ、伝統芸能の催しがされていました。ライトアップされた首里城は、幻想的で山の上に浮かび上がる要塞のようでした。建物は赤く染まり、衣装などの展示物は煌びやかさが目立ちました。
 日本が刀を振り回していた戦国時代以前から、琉球王国は安定した国家であったからなのかな、と思いました。しかし、首里城は、琉球王国時代も何度も焼失し、沖縄戦でも焼失しています。今ある首里城は、1992年に復元された建物ですが、日本でもなく、中国でもない琉球王国の歴史を充分に堪能出来ました。

首里城ライトアップ
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首里城伝統芸能イベント
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首里城再現ジオラマ
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民宿コバルト荘
 この日は、那覇の国際通り近くにある民宿コバルト荘に泊りました。泊まった部屋は、古いマンションの1室で1LDKバストイレ付き。宿主さんは気さくな方でした。沖縄の宿では宿主や旅人同士が集まってお茶をしながらおしゃべりするゆんたくがよく行われます。私は夜歩きまわり過ぎて疲れてしまい、この日はゆんたくに参加せず就寝しました。フレンドリーな感じの宿なので、次回は是非ゆんたくに参加したいです。


12月31日

ゆいレール
 まず、県庁前駅からゆいレールで那覇空港に向かいました。ゆいレールは1日券(600円)と2日券(1000円)があって、私は1日券を使いました。単純に那覇空港と首里を往復するだけで、40円お得です。他の鉄道と違うのは、1日券は24時間、2日券は48時間使えるところです。なので1日目の午後1時から使い始めれば、2日目の午後1時まで使えるので、ゆいレール周辺の散策にはお薦めです。

ハブ博物公園
 那覇空港からはレンタカーで南城市に向かいました。初めに新年の巳年にちなんで、ハブ博物公園へ。30年以上前、沖縄のハブ被害を少しでも減らしたいという想いのもと、ハブの研究施設から派生して設立されました。当時は世界的にも注目度が高い、各国の毒蛇研究者が集まる国際会議の場にもなったほど。当時から今も変わらず、ハブに関する展示物はどこにも劣りません。ハブの意外な一面を知ることもできる施設です。
 ハブの他、白蛇、金蛇、錦蛇、ヤシガニ、コウモリ、ゾウガメ、マングース・・・・ハブのショーも。ハブやコブラの生態を分かりやすく説明してくれて面白かったです。以前は、ハブとマングースの闘いをやっていたそうですが、動物愛護の為、中止されました。代わりに、ウミヘビ対マングースの水泳大会!どっちが勝つか?結構、意外な結果でした。理由があって、毎回同じ結果になるそうです。どっちが勝つかは、現地でお確かめください。

シーサー
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金運をもたらす金蛇
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ガンガラーの谷
 続いて近くにあるガンガラーの谷ツアーに参加しました。2007年調査で遺跡が見つかり有名になった所です。18000年前の生活があったとされ、ツアーでないと入れない場所です。巨大なガジュマルの木があったり、男洞窟、女洞窟があったり、この旅前半で一番印象に残りました。女洞窟は入れませんので、掲載写真は男洞窟の中。女洞窟の中はご想像にお任せします。私は写真だけ見せてもらいました。見たい方は、是非現地へ!
 ガンガラーの谷は、まだ、発掘が進んでいない所があり、これから大発見が見込まれる場所でもあります。それにしても、沖縄戦があったのによく残っていた、と思いました。

大主ガジュマル
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ケイブカフェ
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 「all about 」 に、ガンガラーの谷の重要性や魅力が分かりやすくまとめられていたのでそのまま転載します。
 「いま沖縄で、もっともホットなスポットとして話題を集めているのがガンガラーの谷! そこは、太古の森と出会える秘境、守り慈しむべき聖地です。そんなガンガラーの谷の、ヒトの起源と向き合える壮大なネイチャーツアーが実施されています。50万年前の原始亜熱帯の大自然と肌触れ合ってみませんか?
 なにしろこの谷は、沖縄の自然だけでなく考古学や民俗学的な面からも非常に価値が高く、ニッポン人のルーツとされる港川人の居住跡を求めて今なお発掘研究が続いています。いくつもの鍾乳洞を含めて、大自然を体感できる場所ですから、大勢の人が入って荒れることを防がなければなりません。今回のネイチャーツアーは観光資源の目玉という以上に、ガンガラーの谷の大自然と触れ合うことで、自然とのかかわりや命について考えていただくことが主眼です。
 ガンガラーの谷では、約1万8千年も前に生きていた港川人の居住区であった可能性が高いため国立科学博物館と沖縄県で共同の発掘調査が行われています。港川人。彼らは、新人(現代型ホモ・サピエンス)に属する南方系の古モンゴロイドの一派と考えられており、1967年に沖縄で発見されました。
 専門家の調査研究によりインドネシアのワジャク人(インドネシア)と類似していることから、海に沈んだスンダランド(タイ湾から南シナ海へかけての海底)からやってきたワジャク人が琉球に定着して港川人になった可能性が強いそうです。すなわちここは、人類の歴史を体感できる場所。そして港川人は、後の縄文人になった……。
 「ガンガラー」という呼称は、巨大な鍾乳洞が崩れ去る時の擬音から来ています。土地の人々に言い伝えられてきたのでしょう。ガンガラーの谷は、数百年の昔から地元の人にとっての聖地。入り口にそびえている通称ウフシュ(大主)ガジュマルは推定樹齢150年です。女性の子宮をイメージさせるイナグ(女)洞、カミンチュ(神人)や地元の人々が願いを託すイキガ洞(男)の御嶽サニヌーシウタキ(種之子御嶽)。
 そして、ネイチャーツアーの最終目的地は「武芸洞」です。約1万8千年前の人類「港川人」の居住跡を求めて、発掘が行われている現場を見学します。なお、洞窟の中には「ケイブカフェ」がオープンしています。のんびりお茶しながら大自然の息吹を感じてみるのもよいですね。」

男洞窟
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これが港川人だ!
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ゲストハウス結家
 この後どっと北へ移動して、大晦日の宿は本部半島今帰仁村のゲストハウス結家へ。旅人からの情報でいい宿という事で、楽しみにしていました。宿の女将さんが芸達者で、常に宿の中心にいました。女性の宿泊客や常連の方が多くいらして、女将さんの人柄がうかがえました。夜は紅白歌合戦、花火、旅話で盛り上がりました。今回の旅は、宿の写真が全然ありません。撮っておけば良かった。

民謡居酒屋
 夜の宴会前は、夕食を食べに近くの民謡居酒屋へ行きました。まだ夕暮れ時でしたので、客は少なかったですが、夜になると満席になるそうです。「島唄」や「ハイサイおじさん」、聞いた事のある歌を5、6曲披露されました。沖縄には民謡居酒屋が多数有り、毎日、歌を披露されています。他の場所には無い、文化があると思いました。

今帰仁の民謡居酒屋
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2013年1月1日

明けましておめでとうございます!沖縄は暖かく穏やかな新年を迎えました。

初日の出
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今帰仁城
 初日の出を今帰仁城へ見に行きました。今帰仁城は建造物です。私は普段山に登っていて、日の出も見慣れていますが、初日の出はやはり感慨深いものがあります。天気を気にしながら、ハラハラして見るからでしょうか?
 今帰仁城は、琉球が中山に統一される前の「三山鼎立時代」には山北(北山)王の居城とし、また中山が三山を統一後には琉球王府から派遣された監守という役人の居城でした。外郭を含めると7つの郭からなり、その面積は首里城とほぼ同規模で、城を囲む石垣は地形を巧みに利用し曲線を描き、城壁のディテールは美しく、沖縄屈指の名城です。
 2000年に座喜味城跡、勝連城跡、中城城跡、首里城跡、園比屋武御嶽石門、玉陵、識名園、斎場御嶽と共に本村の今帰仁城跡の九つの資産が「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界遺産リストに登録されました。
 1609年の薩摩軍の琉球侵攻で城が無くなっています。建物はありませんが、日本にある城とは違い、細長い城壁を持ち、外観だけだと万里の長城かと思ってしまいます。日本で一番早く咲く桜、緋寒桜を咲いているのを見た、という情報がありましたが、私は見落としてしまいました。

世界遺産 今帰仁城跡
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辺野古
 那覇へ戻る途中、普天間飛行場の移転先候補地として何かと話題の辺野古へ立ち寄りました。キャンプシュワブは有刺鉄線も使った基地との境界が海まで伸びていました。柵の近くに行くと、基地移設反対の文言が数多く書かれていて、中には韓国語で書かれたものもありました。

辺野古
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石垣島、西表島
 さあ、いよいよ西表島へ!まずは那覇から飛行機で石垣島へ上陸!石垣島空港からはバスに乗って離島フェリーターミナルへ行きました。意外とバスに乗る人は少なくて少し迷いました。バスターミナル行きとなっていたので、フェリーターミナルに行くのかも聞かないと分かりませんでした。
 他にもフェリーターミナルに行くかを聞いている人がいたので、もう少し親切な看板があってもいいのかなと思いました。3月7日に開港する新石垣島空港では、改善してほしいです。離島フェリーターミナルからは船で西表島上原港へ。そして、16時50分ついに西表島上陸!

民宿マリウド
 本日の宿は、民宿マリウド。私が宿を選ぶ基準は、フレンドリーである事、食事が美味しい事、アウトドアの企画が充実している事。事前に綿密に調べていったので、期待していました。
 食事の時から、他の宿泊客とフレンドリーに話す事が出来ました。カヌーをやった話、ウミガメに出会った話、ジャングルを歩いた話。私が何も話さなくてもどんどん話してくれるので、楽しかったです。食事はなんとお寿司食べ放題、泡盛飲み放題。これでもかというほど、お寿司を食べました。写真が無いのが、残念!


1月2日

西表島の朝
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西表島カヌーツアー
 今回の旅のメインイベント、西表島でカヌーをやる時が来ました。目的地は、ピナイサーラの滝。カヌー2時間、登山1時間のツアーに参加しました。メンバーはガイドを含め8名。前日の食事で知り合った人もいたので、違和感なく一緒に行動できました。いよいよカヌー開始!いきなりリアルジャングルから始まり、ワクワクしていました。
 カヌーは高知県四万十川や奈良県吉野川でやった事があるのですが、油断するとバランスを崩すのでスリルがあります。マングローブの中をゆったりとカヌーで行く。自然と一体となった至福な時間を満喫しました。
 ピナイサーラの滝の近くまで、カヌーで行き、そこから約40分の歩きでピナイサーラの滝の上に着きました。ここからの眺めは圧巻でした。高さ55mの滝を上からも下からも実感しました。

ヒナイ川を行く
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滝が見えてきた
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ピナイサーラの滝
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みんなでピナイサーラの滝
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民宿マリウド2泊目
 当日、離れるメンバーを見送り、食事の時は、カヌーツアーの思い出話、新たな宿泊客と旅を語り合いました。私自身、沖縄旅行は2回目。離島まで来るのは、今回が初めてでした。沖縄の場合、宿の常連と言うよりも、沖縄、離島の常連が多いですね。
 私は西表島に拘って、他の島に行く事は考えていませんでした。離島常連の方は、黒島、竹富島、波照間島、小浜島、鳩間島、(他の島で抜けている所ありましたら、ごめんなさい)をはしごしている人がたくさんいました。西表島だけでなく、八重山諸島は懐がかなり深いと思いました。


1月3日

西表山猫
 この日の予定は、石垣島に移動するだけだったので、余力があれば、もう一回カヌーツアーに参加するつもりでした。ところが、天気は大雨でカヌーツアーは中止。宿の近くの上原港便の船が早々と欠航を決め、バスで1時間の大原港に移動しなければなりませんでした。もう一回カヌーに乗りたかったのですが、出来なくなり残念でした。
 西表島といえば、西表山猫。でも西表山猫は夜行性で西表島の人も西表山猫には会った事がないそうです。西表山猫に会うのは、宝くじで1000万円当てるよりも難しいそうです。西表島では、山猫や大鰻には出会えませんでしたが、カラスの他、シオマネキ(カニ)の群衆、ミナミトビハゼ、タカサゴ白アリ、テナガエビ、カンムリワシに出会う事が出来ました。

西表山猫の保護を訴えるポスター
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ミナミトビハゼ
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カンムリワシ
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焼肉金城
 嵐のため、早めに石垣島に渡りました。石垣島での観光は元々予定していなかった為、どこに行こうか試行錯誤していました。まずは教えてもらった焼肉屋金城で腹ごしらえ。牧場直営、長期肥育された石垣牛を出す店で有名です。フルコースは値段が高いですが、ランチは手頃な値段で食べられます。私はハンバーグを食べました。石垣島を訪れる芸能人が良く来る店らしく、店内はテーブル毎に仕切られ、カメラ禁止、握手やサインを求める事を禁止する事が注意書きにありました。

具志堅用高記念館
 石垣島で行く場所を決めました。目的地は具志堅用高記念館。離島フェリーターミナルから歩く事20分。記念館にはたくさんの展示物があり、見学者も多数訪れていました。特にする事がなかったので、ずっとボクシングの試合をみていました。具志堅用高は凄いボクサーだと改めて思いました。

具志堅用高記念館
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島宿月桃屋
 本日の宿は島宿月桃屋。旅仲間お薦めの宿で、私が宿に入った時から、ゆんたくで盛り上がっていました。夕食は、居酒屋で旅人達と語り合いました。


1月4日

とうふの比嘉
 琉球の旅も今日が最終日。早起きして同宿の人と一緒に、早朝やっている豆腐屋へ行きました。自転車で市街地を離れ畑の中にある知る人ぞ知る「とうふの比嘉」へ。朝6時半から営業していて、食事をする事が出来ます。島豆腐作り体験もやっているので、次は体験したいと思いました。

八重山鍾乳洞
 午前中は八重山鍾乳洞へ行きました。古代人が住んでいた痕跡が残るという歴史のある鍾乳洞でした。市街地に戻り、旅人お薦めの八重山蒲鉾を購入し、空港へ向かいました。おにぎりかまぼこはお薦めです。

八重山鍾乳洞
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帰路
 石垣島からは全日空、そして那覇から東京(成田)へはジェットスターを使いました。LCC初体験です。1月4日ですが、値段は大手他社の半額並み。でも手荷物代や席指定料、成田からの東京までの交通費や時間のロスを考えると、微妙な値段でした。(別の時期であれば、値段は1万円以下の日もあるそうです。)
 座席はオーディオ機器の設備がないのでいたってシンプル。飲み物はジュース類200円、ビール450円、iPadレンタル料700円。サービスはほとんど有料ですが、自分で飲み物、読み物を持ちこみ、窓側席を選んでいたので不自由や飽きは感じませんでした。
 成田に降りて、切るような風の冷たさを感じ、沖縄は暖かかった事を実感しました。


 歴史あり、グルメあり、アウトドアありで、さらにフレンドリーな宿で癒された充実の琉球旅行でした。
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尾瀬ヶ原
- 2013/02/17(Sun) -
2012年7月23日
コース:沼田~戸倉~鳩待峠~山ノ鼻~牛首~ヨッピ橋~竜宮~山ノ鼻~鳩待峠

 朝方は雨模様でしたが、次第に回復して青空も見え、快適な木道歩きになりました。この年はニッコウキスゲの開花が少ないと言われていました。それでも他の湿原植物とともになかなかの見ごたえで、木道に立ってどちらを向いても写真が撮れるのは尾瀬ならではでした。

尾瀬ヶ原125

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じょんのび村
- 2013/02/11(Mon) -
2012年7月14日~15日
コース:長岡~山古志~アルパカ牧場~闘牛場~中山隧道~じょんのび村~荻ノ島かやぶきの里

 登山の予定で新潟県まで行きましたが、山は荒天により撤退。代わりに温泉観光撮影ドライブとなりました。山古志村は今でも中越地震の痕が残っていました。
 柏崎市高柳町は じょんのび村 として町づくりをしています。荻ノ島地区はかやぶきの里として、美しい日本のむら景観百選 にも選ばれました。「じょんのび」について村のHPに解説がありました。

 「じょんのび」とは『ゆったりのんびりとした、真からきもちのいい』というニュアンスを持つ、この地方のことばです。
 ふつうがふつうであることには、実際なにかとむずかしい。ふだん見慣れたなにげない風景、そこに生活する人々のくらしは忘れがちではあるけれど、とてもおもしろく魅力的。それをいともたやすくみつけるのは旅人の心。ずっしりと実感できるのは暮らす人のこころ。
 高柳は「住んでよし訪れてよし」の町づくりをめざします。ふつうがふつうであることは本当はとても簡単。「たかやなぎ」に出会ってみませんか。

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湯ノ丸山
- 2013/02/04(Mon) -
2012年6月24日
コース:地蔵峠~つつじ平~湯ノ丸山~烏帽子岳~キャンプ場~地蔵峠

 湯ノ丸山はこのブログ2回目の登場です。つつじ平はレンゲツツジの海になります。今回は満開の少し前でした。湯ノ丸山といえばツツジに目が奪われますが、根本の笹原の中には主な高山植物もひととおり見られました。

湯ノ丸山1 湯ノ丸山2 湯ノ丸山3 湯ノ丸山4 湯ノ丸山5 湯ノ丸山6 湯ノ丸山7 湯ノ丸山8 湯ノ丸山9 湯ノ丸山10 湯ノ丸山11 湯ノ丸山12 湯ノ丸山13 湯ノ丸山14 湯ノ丸山15 湯ノ丸山16 湯ノ丸山17 湯ノ丸山18 湯ノ丸山19 湯ノ丸山20 湯ノ丸山21 湯ノ丸山22 湯ノ丸山23 湯ノ丸山24 湯ノ丸山25 湯ノ丸山26 湯ノ丸山27 湯ノ丸山28
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