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熊本城
- 2017/02/16(Thu) -
2001年9月18日
コース:熊本~熊本城~本妙寺~水前寺公園

 福岡から熊本へ入りました。熊本は2016年4月の熊本地震により多くの人や建物が被災しました。今回のフィルムデジタル化は、管理人が行ったのはだいぶ前になりますが、その時の美しかった熊本城や水前寺公園などを整理,して公開したいということもありました。復興を祈念いたします。
 熊本県観光サイトの案内です。震災前の状況です。

熊本城
 日本三名城の一つ熊本城は別名銀杏城とも呼ばれ、名将加藤清正によって慶長6年(1601)に着工され、7年の歳月をかけ築城されました。城郭の広さは約98万平方メートル、周囲約9キロメートル(築城当時)、そのなかに天守3、櫓49、櫓門18、城門29を持つ豪壮雄大な構えで、美しい曲線で築かれた石垣や自然の地形を利用した独特の築城技術が生かされています。
 勝海舟は「築制他城の比にあらず。外周最大なり。郭城高く、堅牢おもうべし。」と感嘆しました。明治10年西南の役では、西郷隆盛率いる薩摩軍を相手に50日余も籠城し、難攻不落の城として真価を発揮しましたが、総攻撃の前日に原因不明の失火により宇土櫓他12棟を残し焼失しました。
 現在の天守閣は昭和35年、清正公350年祭と市制70周年を記念して熊本市によって再建されたものです。

本妙寺
 加藤清正の御廟所であり、九州における日蓮宗の巨刹としての格式を誇っています。天正13年(1585)、清正公の父清忠の菩提寺として大阪に建立したものを、同16年(1588)肥後入国後、熊本城内法華坂に移し、のち清正公の逝去後、現在地の中尾山中腹に移建したものです。
 蛇の目の紋の入った巨大な仁王門をくぐると長い石畳の参道が続き、両側には桜木と塔頭12カ寺が並んでいます。さらに176段の磴道は胸を突くような急勾配で、人はこれを「胸突雁木」と呼んでいます。この石段を中央にはさんだ石灯籠は信者から寄進されたもので、その数は700にも達しています。
 登りつめた高台に清正公が眠る色鮮やかな浄池廟があり、そこから200メートル余り登った山腹に、長烏帽子に片鎌槍姿の清正公の銅像が建っています。

水前寺公園
 江戸初期の寛永9年(1632)、肥後細川家初代忠利が、この地に水前寺を創建しました。のち寺が他所へ移されてその跡に御茶屋が建てられ、細川家代々の別邸、庭園とされたところです。明治時代以後、一般に開放されました。三代綱利のときに桃山式庭園が完成しました。
 また、桜が散策路に沿って約150本ほどあり、開花時の3月下旬から4月上旬頃にかけて、花見客で賑わいます。水前寺江津湖湧水群は平成の名水百選に認定されました。

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