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太宰府
- 2017/02/13(Mon) -
2001年9月16日~17日
コース:福岡~太宰府~柳川~熊本へ

関東に続いては九州の名刹です。福岡から熊本を訪ねました。2回に分けておくります。

博多~東長寺~聖福寺~承天寺

 博多駅の近くには寺町のような一角があり、ここから日本の文化や仏教に関係し影響を与えたお寺が多数ありました。
 東長寺は空海が建立した中では日本最古の寺で、日本最大の木造座像の、福岡大仏 が鎮座しています。
 聖福寺は中国で禅宗を学んだ栄西が開いた日本最古の禅寺です。喫茶の習慣を日本に伝えたため、お茶の発祥地としても有名です。
 承天寺を開いた聖一国師が中国から帰国した際に製粉の技術を持ち帰り、ここから、うどん、そば、まんじゅうなどの粉物食文化が広がりました。

 各所の案内は 福岡県観光情報クロスロードふくおか によります。

東長寺
 唐での修業を終えた空海(弘法大師)が建立。密教が東に長く伝わるようにと祈願された寺。日本一の木造釈迦仏座像。寺内には筑前国主黒田忠之(二代)、同光之(三代)の墳墓がある。正月28日の初不動、2月の節分会、3月の正御影供には多くの参拝者が訪れる。

聖福寺
 禅宗の始祖、栄西によって建立された、わが国最初の禅寺。山門の「扶桑最初禅窟」の勅額は後鳥羽上皇の宸筆で、寺域は禅寺の典型的な伽藍形式のものとして国史跡に指定。近隣には承天寺、東長寺など由緒ある寺社が集まっていて、静かなたたずまいを見せている。

承天寺
 鎌倉時代の仁治2年(1241年)、大宰少弐・武藤資頼が聖一国師(円爾)を招聘して創建。創建にあたっては、日宋貿易の拠点として栄えた博多で活躍していた謝国明ら宋商人が多くの援助を与えた。盛時には『西海の巨刹』と呼ばれるほどの規模を誇った。
 宋で仏法を学んだ開祖の聖一国師(円爾)は、博多の文化に多大なる影響を与えており、博多を代表する祭りの博多祇園山笠は聖一国師が疫病退散に行った祈祷がもとになったといわれる。また、聖一国師がうどん・そば・饅頭の製法を中国より持ち帰り、博多で初めて普及させたともいわれる。
 文化財も多数保有し、境内には石庭「洗濤庭(せんとうてい)」や「オッペケペー節」で一世を風靡した川上音二郎の墓など見どころも多い。今に伝わる博多の伝統・文化の形成において中心的な役割を果たした。

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太宰府天満宮~光明禅寺~観世音寺~戒壇院

 朝いちばんで太宰府天満宮へ。この時間帯では、いずこの境内も比較的年配の方の散歩が多いところを、ここでは珍しく若い女性の姿も見かけました。やがて、札所が開いて分かりました。巫女さんだったのです。
 観世音寺の収蔵庫には立派な仏様たちが立ち並んでいます。係の人も、「京都・奈良より西ではここが一番ではないか。」と話していました。

太宰府天満宮
 菅原道真を祭る。全国の天満宮の総本社。学問の神様として、祈願の人々で賑わう。境内には天然記念物のヒロハチシャやクスの木、梅、花菖蒲があり、四季折々の風情が楽しめる。

光明禅寺
 天神様と禅宗の教えが結びついた渡宋(唐)天神の伝承により、鎌倉時代(1273年)に創建された寺。一般 には苔寺として親しまれています。苔で陸を、石を配して”光”の文字を描いた石庭があり、紅葉やシャクナゲなどが四季に彩 りをそえています。
 藤原氏の血縁である鉄牛円心和尚が鎌倉時代に建立した臨済宗の寺。太宰府天満宮の参道をのぼりつめ、右に曲がると突き当たりにある。苔寺の別名でも親しまれ、2つの庭は名園としても知られている。
 前庭は九州唯一の石庭で、15個の石を光の字に配した「仏光石庭」。裏庭は「言一滴海庭」と呼ばれるコケ庭で、青コケで大陸と島を、白砂で大海を現した枯山水の庭園。秋には紅葉が見事で、多くの人が訪れる場所である。

戒壇院
 戒壇院は天平宝字5年(761)、聖武天皇の勅願によって観世音寺に置かれた。奈良の東大寺、下野(栃木県)の薬師寺とともに、日本三戒壇の一つで、西戒壇と言われた。
 戒壇とは僧尼として守るべき戒律を授ける所。ここで戒を受けなければ正式の僧尼とは認められなかった。唐の高僧鑑真が幾多の困難の末に来日した際、立ち寄っている。本尊の盧舎那仏は平安時代末の作で、重要文化財。
 江戸時代には観世音寺から離れ、現在は禅寺となっている。境内には鑑真が請来したと伝えられる菩提樹があり、6月上旬頃の花の開花時期になると、その上品な香りに魅せられた人々が訪れる。

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柳川~福厳寺~御花~北原白秋生家~川下り見物

 御花は立派な庭園で、高い所から全景を眺められるのも珍しいかもしれません。川下りの舟がいかにも水郷・柳川らしかったです。

福厳寺
 鉄文の開山と伝える黄檗宗の寺院で、のちに柳川藩主立花家の菩提寺となった。寺には芥川賞作家長谷健と、直木賞作家壇一雄の墓がある。予約により中国風精進料理「普茶料理」を出している。

柳川藩主立花家別邸御花
 旧柳川藩主立花家の別邸。明治の後期に迎賓館としての西洋館とそれに続く和館の大広間から成る和洋折衷の邸宅を整えた。大広間の前に広がる庭「松濤園」は、樹齢200年を超える松の古木と島々に見立てた岩石を配置し荘厳な趣をもち、国の名勝にも指定されている。
 旧伯爵の居室は、料亭の個室として利用でき、立花家史料館では歴代藩主の刀剣や甲冑などの国宝や重要文化財を見ることができる。

北原白秋生家
 明治から昭和初期に活躍した近代日本を代表する詩人。北原白秋。「雨ふり(雨雨フレフレ)」、「待ちぼうけ」、「からたちの花」など聴いたら誰もが知っていて、今なお、愛される作品を数多く残した白秋は、柳川で生まれ育ちました。
 北原白秋の生家は、代々柳川藩御用達の海産物問屋でしたが、白秋の父の代になると、柳川地方でも一、二をあらそう酒造業を営むようになりました。生家は明治34年の大火で大半は焼失。母屋だけが残り、昭和44年11月に復元。現在、この生家内には白秋の著書や遺品、さらには柳川の風物にゆかりの深い資料が数多く展示されています。

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